Stage 1
服の下に隠すようにして、首から下げている石。それが、心臓の鼓動のごとく、素早い明滅を繰り返している。
(いやあっ……)
雑音が頭の中へと忍び込み、指先が震え、勝手に息が荒くなっていく。
月子は立ち上がると、一目散に教室を出ていこうとした。とにかく、ここにいるわけにはいかないと思ったのだ。
「きゃっ!」
前方をろくに確認していなかったせいで、誰かとぶつかってしまった。反動で後ろへ倒れかけたところ、手を伸ばされて引き寄せられる。
「っと、あっぶねー。大丈夫?」
「っ!……あ、ご、ごめんなさっ……」
とっさに顔をあげると、隣りの席の遠城寺真守の顔が、目と鼻の先ほどの距離にあった。月子は突然のことに声を失った。
「……風賀美さん、やっぱり具合悪そうだよ? 本当に大丈夫? 保健室に行った方がいいんじゃない?」
どうやら彼は、本当に自分のことを心配した上で、助言してくれているようだ。だが今は、それに対して礼を言う余裕などない。
どう考えても、あまりに距離が近すぎる。呼吸が絡み合いそうなほどだ。手を掴まれているから離れていくこともできないし、舌が回らないせいで抗議することもできない。
だんだん顔が赤くなっていく月子を見ているうちに、真守の方が何かに気がついたのか、ぱっと手を放した。
「ご、ごめん、風賀美さん……」
「う、ううん……」
顔を横に振るが、相手の顔をまともに見ることができない。別の意味で、鼓動が早鐘を打っている。
その一部始終を見ていたらしき女子生徒が、きゃあっ、と無責任な歓声をあげた。
「やるじゃん、遠城寺君。ちょっと見直したよー」
「えっ? い、いや、そんなんじゃないって!」
あわてて手を振って弁解する真守の肩を、別の男子生徒が叩いた。
「お前って、案外手え早かったんだな。油断も隙もねえ!」
「だから違うって言ってるだろおがっ!」
何だ何だ、と野次馬が集まって来て、いつのまにか真守の恋路(もちろん全然違う)を勝手に応援しはじめた。
その騒ぎに乗じて、月子はこっそりと教室を抜け出す。廊下を走って走って、人気のない曲がり角まで来たところで、ふうっと息を吐いた。
先ほどかいてしまった変な汗をぬぐっているうちに、気がついた。
めまいがすっかりなおっている。悪寒も感じないし、息も苦しくない。どうやらまた、石に振り回されてしまったようだ。
月子は額に手を当て、壁に力なくもたれかかる。
「いい加減にしてよ。全くもう……」
この様子だと、明日からあの男子生徒との仲をからかわれるだろう。本人たちにそのつもりはなくても、周囲は面白がってはやし立てるに違いない。
せっかく目立たないように行動しようと思ったのに、初日から目標達成が困難になりそうだ。
せめてチャイムが鳴るまで、教室に戻らず時間をつぶそう。月子は服の上から石を握りつつ、そう思った。
(ん……何だ?)
理科室へ移動しようとしていた弦稀(つるぎ)は、ふと足を止めた。今、確かに感じた感覚を探るように、あちこちを見渡す。
今、確実に石の気配がした――それも、友人の真守のものとは違う気配だ。
やはり自分の勘は当たっていたようだ。けれど、どこにあるのかまでは判別がつかない。
弦稀は石の気配を感じることができるとはいえ、その石と自分との距離がどの程度あるのかまでは、測ることはできないのだ。
だから実際、真守とは違う石の持ち主が、この学校内にいるのか、それとも外にいるのか、結局はわからないのだ。
(けれど、この様子じゃ確実に町内にはいそうだな……)
遠ざかるどころか、日に日に強くなっていく石の気配。この分だと、また仲間を見つけるのも時間の問題だ。
今すぐその仲間を探しだしたいところだが、一人では何分無理がある。やはり、放課後に真守と手分けしてあちこちを散策しよう。
はやる気持ちを無理やり押さえつけ、弦稀は止めていた足を再び動かした。
○○
「で、どうだ、弦稀。近くにいそうか」
「……だめだ。全然、わからない」
「はあー、ここも駄目かあ」