Stage 6
「大丈夫。ゆっくりでいいよ」
月子の頭に、様々な疑問や情報が駆け巡った。
どうして〈デミルウゴス〉達は、自分たちだけを狙っているのか。
〈デミウルゴス〉について、月子が聞かされていること以外で、カエンは何か知っているのか。
カエンとマリンがこの世界になじむまでに、どんな苦労があったのか――しかし最終的には自分でも、思わぬことを口にしていた。
「あの、この世界に来た時に、変な夢を見ませんでしたか?」
「夢……?」
眉根を寄せるカエンに、勢い込んで説明する。
「男の人と、女の人が出てくるんです。でも、その人たちの顔や名前はわからないままで、ただ、会話だけが少し聞こえてくるんです……女の人が、まるで責められて泣いているみたいな声で、『どうして、私なのですか?』って……」
カエンを伺うと、彼は険しい顔をしていた。
やはり、これは単なる普通の夢で、期待するような答えは得られないのかもしれない、と月子は落ち込みかける。
と、唐突にカエンが、ぎゅっと手を握ってきた。反射的に声をあげようとしたとき、頭の中に声が響く。
『聞こえるかい? 大丈夫、驚かなくていいよ』
「……え?」
思わず目を丸くする。どういうことだろう。
カエンは一切口を開いてないのに、彼の声が聞こえるだなんて。
『吃驚したよね。〈イリスの落とし子〉同士で、こんなこともできるんだよ。簡単にいうと、俺は、君の心に直接話しかけている。月子さんも、このまま喋れるはずだ。やってみて?』
いきなりテレパシーを実演されても、簡単に出来るものではないと思った月子だが、息を軽く吸い込んで、言葉を明確に脳裏に思い浮かべる。
『聞こえますか……?』
『うん、上手だよ。よく聞こえる』
『あの、手は繋いだままですか?』
おずおずと尋ねると、カエンは破顔した。
『ごめんね。こうやって体のどこかが触れてないと、会話が出来ないんだ。マリンなら、触れ合わなくても会話が出来るんだけど。俺はどうも、こうやって喋るのがあまり得意じゃなくて』
月子の体が、じわじわと緊張に支配されていく。
人との距離感はどう保つのが正解なのか、本当に難しい。
『どうしてわざわざ、こんなふうにして話すんですか? 〈デミウルゴス〉に聞かれたら、まずいことでもあるの?』
『そうだね、用心のためだよ。あまりこちらの情報を、渡すわけにはいかないから』
カエンは、改めて月子を正面から見据える。
『月子さん……〈はじまりの女〉については、知ってる?』
その呼称を聞いたとたん、なぜか肩が跳ね上がった。
『……はい。一度だけ聞いたことがあります』
カエンは眉根を寄せた。どこから説明したものか、と考えあぐねているようだ。
しばらく、沈黙が降りる。
『俺も、たまにしか彼女の話を聞かされてないから、そこまで正確に覚えているわけじゃないけど……〈はじまりの女〉は神話時代の人物で、その時は、まだ地上に存在していた神々と彼女の一族以外は、これといった能力を持っている人間は、いなかったそうだ』
月子は、首をかしげる。
『じゃあ大昔には、私たち〈イリスの落とし子〉の七部族は、全く存在しなかったんですか?』
『いや、先祖にあたる人たちはいたよ。ただ、今の部族たちが持っているような能力は、誰も持っていなかった。もちろん〈イリスの落とし子〉達と呼ばれるような、力の強い者も当然いなかったよ』
『あれ、ちょっと待ってください。私が聞いていたのは……お世話になってる〈シュビレ〉の人たちに聞いたのは、〈はじまりの女〉って呼ばれる人が亡くなったせいで、すべての生き物に死がもたらされたってこと、だけなんですけど』
カエンは、静かにうなずいた。
『そうだね。七部族以外の人たちは、それだけしか知らない。けど俺達七部族の、そのまたごく一部の者にだけ、伝わっている話があるんだ』
まさか、と頭に浮かんだ考えに、月子は震えた。きっと、先走り過ぎて早とちりしているだけだ。そう思いたかった。
ではなぜ、鼓動がこんなにも急いているのだろう。
『〈はじまりの女〉が早すぎる死を遂げた時……彼女の葬儀を執り行うのを、誰もが嫌がった。彼女は生も死も、完全に操れる存在だから、恐れられると同時に、忌まれていたんだ。
けれども、亡骸を放っておくわけにはいかないから、最終的に七人の若者が、旧神殿領域で彼女を弔ったんだ』
両手に汗が、じんわりと浮かんでいる。このままでは、カエンに不思議に思われてしまう。
『俺たちが持っている石は、〈はじまりの女〉が最期に身に着けていた、装飾品の一部だと言われている』
カエンの言葉が、どこか遠くで響いた。
狭い部屋に囚われているはずなのに、無理やり手を掴まれ、引っ張り上げられ、ぐんぐん高みへ上り、やがてすべての感覚が失せていった。