Stage 6
「あの……ここに運ばれてきたのは、私だけですか?」
「ええ、そうよ」
「他に、私と同い年の男の子が二人、いませんでしたか?」
「いいや、見てないな……」
カエンが首を振る。月子は、すがるように説明する。
「私と一緒に、地球からこの〈ダナン・ガルズ〉にやってきた、男の子が二人いるんです。一人は、私と同時にここにきて、もう一人は、少し遅れてやってきました。
その男の子たちは、あっちの世界では、とても仲がよかった。なのに……」
受け入れがたい光景だった――真守が、弦稀に怒鳴りつけて、攻撃をしかけるなんて。
何がどうなっているのか、どうすればいいのか、月子は途方に暮れた。
(二人の無事を知りたい。それと、ここから逃げるには、どうすればいいんだろう)
だが二人の心配をする前に、この置かれた状況を打破することを考えなければいけない。
そのためには、動けるようにならないと、どうしようもない。
(こんな状態じゃ、動くに動けない。この縄を解くには、どうしたらいいんだろう)
月子は改めて、部屋の中を見渡した。
青い光で満たされていて、まるで光が差し込む水槽の中にいるような錯覚を覚えてしまう。だが、不思議なことに、出入り口がないのだ。
「この部屋には、扉がないんですか?」
「ええ、私達が使えるものは、ないわ」
「え? じゃあどうやって私は、ここに運ばれて……?」
カエンが、噛みくだいて説明をする。
「俺たちはあの壁を通過できないけれど、〈デミウルゴス〉の連中はそれができる。だから、何らかの特殊な魔法がかかっているんだろう。それも、俺の〈火〉もマリンの〈水〉も跳ね返すほどの、特殊な魔法だ」
「私達の力が最強、って言うつもりはないの。でも、〈イリスの落とし子〉の力は、その一族の誰よりも強力といって差し支えないわ。そんな私達の全力を跳ね返す壁を、〈デミウルゴス〉がつくれるということは、よっぽど優秀な、結界を構築できる人間がいるってことだわ」
「ああ……俺たちはどうも、〈デミウルゴス〉を甘く見ていたようだ」
「それだけ、あっちも本気ってことなんでしょう。どうあっても、私たちを捕まえたい理由が、あるってことね」
月子は、〈シュビレ〉の長老であるイレシスの話を、ぼんやりと思い起こす。
〈デミウルゴス〉が、〈イリスの落とし子〉たちを求める理由は、実はわかっていないのだと。
わかっていない、というより、予想がつかないというのが正しいのだろう。
(ひとつだけ言えるのは、私たちの力が目当てなわけじゃないこと、か。この力は、他の人間が奪えるものでも、使えるものでもないみたいだから)
ならばきっと、別の何かがあるはずなのだ。
〈イリスの落とし子〉をそろえることにより、叶うものがあるのだ。
(でも、私が考えるには、材料が足りなさすぎる……)
月子がうつむいているためか、カエンが努めて優しく言葉を紡いだ。
「大丈夫だよ。きっと、他の誰かが俺たちを見つけてくれるさ」
「今日はもう、深く考えるのはよしましょう。ツキコちゃん、疲れてるなら、私たちを気にしないで寝てもいいのよ?」
二人の労わりを、月子は半分上の空で聞いていた。
「ありがとう、ございます……」
心に巣食った焦燥は、消えそうにない。
(でも、動けなきゃ、どうしようもないんだ)
ならばいっそ開き直って、疲れをためないようにするのも一つの方法だ。
月子は、二人の少年の無事を祈りながら、身を横たえた。
(……痛い)
痛覚が意識を支配する。
この部屋で初めて目が覚めてから、丸一日は経ったような気がする。
月子は、カエンとマリンの気遣いで、柔らかい寝台に寝ることができたが、寝返りをうつたびに手首と足首に痛みが走った。
そこまで激痛ではなかったのだが、問題は、強制的に同じ体勢をとらざるを得ないことで、関節が悲鳴をあげたことだ。
特に肩の痛みが、じわじわと体に堪えた。
(……痛い)
〈デミウルゴス〉の人間が運んできた食事も、飲み込む気にならない。マリンが匙ですくってくれたのだが、月子は首をふった。
「ごめんなさい。食べる気になれなくて……」
マリンは差し出していた匙を椀に戻し、様子を見ていた〈デミウルゴス〉の青年を睨み付けた。
「どうして、この子だけこんなひどい扱いを受けなきゃいけないの」
目元を仮面で隠した赤髪の青年は、首をかしげた。まるでそのしぐさは、純粋さに満ちた小さな動物のようだった。
「さあ、分かりません。〈イリスの落とし子〉が新たに一人、この部屋に招待されたというので久しぶりに来てみたのですが、どうしてこんなことになってるんでしょう」
「ふざけないで! 今すぐあの変な縄をほどきなさい!」
マリンは青年につかみかかろうとしたが、あわててカエンが押さえつける。
「落ち着け、マリン」
「あなたはお兄ちゃんを傷つけただけじゃなく、こんなか弱い女の子まで苦しめて、ひどすぎるわ! 創世の神に反逆した、本物の〈デミルウゴス〉以下よ!」
青年の口の端が、わずかに持ち上がった気がする。マリンの反応が、興味深いのかもしれない。
「誤解のないように言っておきますが、この指示を出したのは私ではありません。私は、降伏した人間には慈悲を施すことを美学にしてますからね。だからこそ――刃向ってくる相手には、容赦しませんけど?」
最後の一言で、青年の口元の笑みが深まった気がし、月子は怖気を覚えた。
カエンがとっさにマリンを自分の背後にかばい、青年と対峙する。