Stage 6
だが、その言葉を受けた真守は――暗い笑みを浮かべた。
そしてすぐに、瞳に鋭い光が宿る。
「俺のことを、気安く呼ぶな」
「真守!」
親友を呼ぶ絶叫は、再び目を焼くような閃光と爆風の中に消えた。
「麻倉君!」
青ざめた月子の腹に、重い衝撃が走る。
「あうっ……!」
みぞおちを殴られたのだ、と気がついた時にはもう、手遅れだった。
やけに優しい手のひらが、頭を撫でるのを感じながら、月子の意識は暗闇へと消えていった。
○
遠くから、かすかな声が響いてくる。
「ど、して……の?」
「さあ、用心……かな」
「でも、私たちは……」
「確かに、なぜこの子だけ……」
重たい瞼を何とか動かすと、自分を覗き込んでくる二人の人物と目があった。
「あ、気がついたのね! 大丈夫?」
月子よりいくらか年上の、少年と少女だ。心配そうにこちらを見ている二人は、顔の造りがとても似通っている。
(この人たち、誰なんだろう……)
身じろぎしようとして――寝台の上に寝かされたまま、両手首を背の後ろで縛られていることに気がついた。足首も拘束され、動かせなくなってしまっている。
混乱する月子の脳裏に、気を失う前の光景がよみがえってきた。
蟲惑的な笑みを浮かべる真守。親友に突如として攻撃した真守。
あの爆風に巻き込まれた弦稀は、無事だろうか。
(二人は、どうなったの? どこにいるの?)
「君、大丈夫かい? 俺の声が、聞える?」
いつまでも喋らずにぼんやりしたままの月子に不安を覚えたのか、少年が肩に手を伸ばしてきた。とんとん、と叩かれ、月子は改めて彼を見る。
何となくではあるが、〈デミウルゴス〉ではないと思った。ある可能性に思い当り、月子は遠慮がちに問う。
「カエンさん、と、マリン、さん……?」
かつて、自分たちと同じ日本で生まれ、幼い頃にこちらの世界へ戻ってきた双子の名前。
月子の唇が紡いだ言葉に、二人の表情がたちまち驚愕に染まった。
すぐに少年が――カエンが、納得したようにうなずいた。
「やはり君も俺達と同じ、〈イリスの落とし子〉なのか」
「ということは、あなたは行方知れずだった三人のうちの、一人なのね」
少女が、なだめるように月子の頬に手を添えた。
「はじめまして。私はマリン。〈水〉の力を持ってるの。こっちは、〈火〉の力を持つカエンよ。逃げていたのに、〈デミウルゴス〉につかまってしまったのね。辛かったでしょう……?」
いたわるような言葉の次には、カエンの緊迫した質問。
「君が知っている限りのことを、教えてくれないか? 今、状況はどうなっている。他の〈イリスの落とし子〉たちは、無事なのか?」
月子は、何とか説明すべきことの順番を、頭の中で組み立てた。
「私は、月子と言います。私が持っているのは、〈風〉の力です。えっと、他の情報、は……」
口を閉ざしてしまった月子が、まだショックから立ち直ってないと思ったのだろう。マリンはカエンに苦言を呈す。
「お兄ちゃん、すぐにこんなことを聞くのはやめよう。月子ちゃんも、疲れてるんだから。今日はこのへんにしておこうよ」
「いえ、大丈夫です。話は、できます。でも、私自身が、どうしてこうなったのか、よくわかってないんです……」
そうだ、月子は〈デミウルゴス〉に捕えられたわけではないのだ――真守に、気絶させられたのだ。それだけの、はずなのに。
(どうして、こんなことになってるの? ううん、悩んでる場合じゃないんだ)
「遠城寺君と、麻倉君はどこに……」
とにもかくにも、身を起こそうとしたその時。
「……っ!! あっ!!」
刺すような痛みが、両手首に走って、起き上がれずに寝台に倒れ込む。すると、先ほどの痛みが嘘のようになくなっていった。
まさかと思い、少しだけ手を動かしてみる。
「……っ! いたっ!!」
月子を拘束しているのは、普通の縄ではなかったようだ。
どうやら、拘束している者の動きを察知し、締め上げて苦痛を与えるものらしい。
「すまない。君をここに運んできた者が、『無暗に外そうとすると、こいつが痛い目に遭う』と言ってたから、俺たちはその縄を解けなかったんだ」
「こんな細工がしてあったなんて……ひどすぎるわ」
月子の脳裏には、ある人物の姿が思い浮かんでいた。
(〈デミウルゴス〉の、あの女の子の仕業ね、きっと……)
あの時の恐怖と、怒りが同時に湧いてきて――ふと、少女が不可解なことを言っていたのを、思い出した。
『身に覚えはないと思うけど、あんたは、私から一番憎まれてしかるべき存在なのよ』
なぜ彼女は、そんなことを言ったのだろう。
あの時初めて会ったというのに。名前すら知らないのに。
(私が、〈イリスの落とし子〉だから? でもそれだけで、あんな刺々しいことまで言われる理由になるのかな?)