Stage 6





各々が額を突き合わせている天幕の外に、一人の人間が立っている。

宵闇に紛れたその人影は、ある人物に煮えたぎるほどの憎悪の視線を向けていた。

その相手は、月子を気遣う、麻倉弦稀。

その人影の親友であるはずの、少年だった。





もう夜も遅いということで、話し合いはひとまずお開きになった。

結論は、一週間後までに真守の体調が全快しなければ、リオがデスピオ山まで薬草を採りに行くということになった。

天幕から出ていくリオの横顔が、いつになく険しかったので、月子は弦稀と共に彼の後を追った。

「リオさん、本当に、俺が行かなくていいんでしょうか?」

二人を振り返ったリオは、はっとしたようにうつむいた。

「申し訳ありません。こんなことで、脅えていてはいけないのですが」

「じゃあ、あなたの護衛をかねて、俺も行くというのは?」

そこでリオは言い淀んだ。

「僕が危惧しているのは、〈デミルゴス〉の邪魔ではないのです。本当に、あの辺りは――〈はじまりの女〉の墓地は、めったに誰も近づかないんですよ。僕も、言い伝えでしか周辺の様子を聞いていなくて、どうも、恐怖が先行してしまいまして」

だからこれは、僕の気の持ちようの問題です、とリオは言いきった。

なおも食い下がろうとする弦稀に、リオは微笑む。

「ありがとうございます。ツルギ様は、マモル様の側にいて差し上げて下さい。あなた方は、本当に互いを思いやる友人であると、付き合いの浅い僕ですら感心するほどです。そんな人の側から、離れないでくださいね」

リオはそこで言葉を切り、去っていってしまった。

どうも、〈イリスの落とし子〉に、危険なことをさせたくないというのが、〈シュビレ〉たちの総意のようだ。

「麻倉君……もう、寝ようか?」

立ちつくす弦稀の手をとり、月子は彼を歩かせた。

弦稀専用の天幕の前まで来ても、彼は無言だった。

「じゃあ、また明日。おやすみなさい」

月子を振り返った弦稀は、ふと空を見上げた。

小さな星ばかりがきらめく、深淵の空を。

「俺は、無力だな」

「……」

月子が口を開きかけた、その時だった。

背後に誰かの立つ気配がし、振り返りながら構えをとる。

「誰っ!」

だが誰何の答えは、すぐに得られた。

「遠城寺君……何だ、吃驚したよ」

そこにいたのは、目覚めたばかりなのか、ぼんやりとした顔の真守だった。この寒い中、外套も着込まず、薄着一枚で歩いてきたらしい。

「どうしたの?」

あまりに反応がないので、月子は顔を覗き込むように近づいた。

震える真守の唇が、言葉を紡いだ。



「……ろ」

「え?」

聞き取れなくて、思わず一歩踏み込む。月子の視界の外で、同じように不信感を抱いた弦稀が、二人に近づいていた。

「遠城寺君?」

ふいに、真守の顔が、泣きだす直前のように、歪んだ。

「俺から……逃げ、ろ!」

力ない絶叫の後、真守はその場に倒れ伏した。

「遠城寺君!」

月子はあわてて真守の体を揺さぶるが、ぴくりとも反応がない。

すぐに弦稀も隣にきて、また駆け戻っていく。

「ヘレムさんを呼んでくる。そこで真守を見ていてくれ!」

月子はうなずきかえした。次いで自分の外套を脱ぎ、それで真守の体を何とかくるもうとする。

だが、腕力のない月子では、真守を仰向けにさせるので精一杯だった。せめてなんとか、寝台へ移したいと考えを巡らせていた刹那。

片方の手首が唐突に、つかまれる。

「え……」

視線のその先には、横たわったままこちらを見つめる真守がいた。

「遠城寺君、大丈夫、な……の?」

月子の問いは、徐々にひきつっていった。

真守は笑みを浮かべていた。そのあでやかな表情に、強い既見感があったのだ。

背筋に、寒気が走る。

(……あの夢は、ただの夢じゃなかったの?)

震えたまま固まる月子に、身を起こした真守は、囁いた。

「女の子って、本当にやわらかいんだね。気絶した俺を抱き起こそうとする君は、とてもかわいらしかったよ」

引き寄せられて、月子は真守の胸元に倒れ込んだ。

両頬を両手でつつまれて、唇を、親指でなぞられる。

「や……やだあっ!」

ようやく悲鳴をあげれた月子を、真守は愉快そうに嘲笑った。

「へえ、俺のこと、怖いの? 可愛いね、風賀美さん」

いてもたってもいられず、月子は真守の腕の中でもがく。

だが、月子が暴れようとすればするほど、真守は月子をきつく抱きしめた。

「いやだ、放して!」

真守とは同い年だというのに、どうしてこんなにも腕力の差があるのだろう。

ふいに後方で、名を呼ぶ声がした。

「風賀美!」

「……麻倉、君。助けて!」

何とか首をめぐらせ、後ろを向けば、焦った弦稀がこちらへかけてくるところだった。

「何やってんだ、真守!」

疑問を過多に含んだ叫びの直後、月子は信じがたいものを聞いた――真守の、盛大な舌打ちだ。

「黙れ」

そして彼は、稲光をまとわりつかせた右手を弦稀に向かって突き出す。

数瞬遅れて、弦稀の足もとに閃光と爆風が立ち上った。

弦稀は地面に転がって、衝撃を受け流す。

「麻倉君!」

起き上がり、愕然とこちらを見返す弦稀。

「真守……?」
 
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