Stage 6


「その理屈でいうと、俺を含めたすべての七部族は、あなたたち〈シュビレ〉を犠牲にしても構わない、と判断したということだろう。それは、違うんじゃないのか?」

月子の背中に冷や汗が伝う。

弦稀を無言で見た。それは、口にしてはいけないことのような気がしたのに。

今度はリオが、眉をしかめる番だった。

「そういうわけでは、ないのですが」

「俺はそうとしか思えない」

「違うよ、麻倉君」

話に割って入った月子に、その場の全員が注目した。視線を一斉に受けて、喉元まで出ていた言葉を忘れそうになる。

震えそうになりながら、決意を口にする。

「私達は、この人たちに守られるんじゃないの。〈シュビレ〉のみんなを、私達が守るんだよ」

それが、今まで己の能力に脅えていたばかりの月子が、唯一できることのような気がした。

放りだされたこの異世界で、できる確かなこと。

自分の身をこの〈風〉の力で守り、他者も守ること。

「もう誰ひとり、私の盾にはさせません」

誰にともなく、その場の全員に、月子は言った。

宣言とまではいかない、弱々しい決意ではあったけれど。

弦稀が目を見開いてこちらを凝視していたので、早まったことをしたのかと、頬が赤くなっていく。

少しの沈黙ののち、長老のイレシスが「光栄ですな」と言い、その場の空気が少し和んだ。

「さて、話を変えて、マモル様のことですが……デスピオ山の麓の、薬草を採りにいこうか、という案が出ておるのです」

「デスピオ山、ですか? ここからは遠いのですか?」

気恥ずかしさをごまかそうと、月子は問うた。

「馬で早く駆けて、四日か五日はかかるでしょう。そこにある薬草は、ある定まった煎じ方で飲めば、あらゆる病気に効くと言う万能薬だそうです」

月子と弦稀は同時に瞠目した。

「そんな便利な薬草があるなら、どうして最初から、その薬草を採りに行かなかったんですか?」

弦稀の疑問はもっともだった。その答えは、イレシスとは別の長老格の人物が言った。

「その薬草が生えている地域が、いわゆる――旧神殿領域、つまり〈はじまりの女〉の墓地なのです。普段は誰も近づこうとしない、禁忌の領域です」

また聞きなれない単語に、月子と弦稀は首をかしげるしかなかった。

「〈はじまりの女〉とは、誰のことですか?」

弦稀の問いに、イレシスが、少し間を置いて考え込む。



「その女は……この世界に、まだ神々が人間に混じり闊歩していた時代の者で、今は名前すら不明なのです。しかし、その女が存在する以前と以後とでは、ある決定的な違いがあります。それをもたらしたきっかけの女なので、俗に〈はじまりの女〉と呼ばれています」

(……あれ?)

月子の胸をざわめかす、暗雲のような嫌な予感。

ふいに周囲を見回してみたけれど、何も変化はなかった。

(どうして?)

なぜか鼓動の早まる胸を、そっと押さえる。

「その女が、何かをしたんですか?」

弦稀の問いが、どこか遠くで響いた。

「〈はじまりの女〉の死により……この世界のすべての命あるものに、平等に死がもたらされたのです」

その言葉は、月子の胸の内に不思議と重く響いた。月子は弦稀を見上げる。彼は、平然としているように見えた。

「……ということは、昔はすべての生命は、不老不死だったんですか? それなのに〈はじまりの女〉のせいで、死がもたらされたと?」

「少し違いますな。〈はじまりの女〉の一族には、死したすべての生命を再生する能力が備わっていました。しかし徐々に一族の数は減っていき、その時その能力を持っていたのは、彼女だけだったそうです。もし子を成していれば、母の能力は子に受け継がれたでしょうが、子を成さぬまま、〈はじまりの女〉は命を落としました」

まるで、イヴやパンドラみたいだな、と弦稀が小さくつぶやく。

「なるほどな、生命の復活の輪廻が、その女のせいで閉じられてしまった。ということか……風賀美、どうした?」

弦稀に問われて、月子は気がついた。

いつの間にか胸を押さえ、うずくまっている自分に。

「ううん、何でもないの」

「顔が青いぞ。真守の看病で、疲れたのか?」

「ううん、ちょっと、調子が悪いだけだから」

月子の頭の中に、例のあの声がこだましている。

見知らぬ男女が、何かを言いあう声。性別はかろうじてわかるのに、今まで内容はまるで聞き取れなかった。

けれど、ある一言だけが、なぜか鮮明にわかったのだ。


『どうして、私なのですか?』


誰かをなじるような、か細い声。月子より年が上の、若い女性のものだろうか。

心臓の鼓動がおさまらず、月子は弦稀に背をさすられながら、しばらくそのままでいた。

その場の全員が、月子の体調を気遣いながらも、話し合いは進められていった。
 
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