Stage 6


「あの、麻倉(あさくら)君、もう寝たらどう?」

「ああ、そうだな」

弦稀(つるぎ)の生返事に、月子はハラハラする。彼は昨夜も全く寝ていないらしいのに、今日も徹夜するつもりだろうか。

弦稀の視線の先を、月子も追った。寝台に横たわっているのは、あいかわらず気を失ったままの真守(まもる)だ。

真守は運び込まれてから、瞼をほんの少しも動かさず、深い眠りに落ちている。

時折息をしていないのかと不吉な予感すら抱くほど、微動だにしないのだ。

そんな親友の側を、弦稀は一向に離れようとしなかった。自らの寝食もかえり見ないで、真守の手をずっと両手で握りしめている。

これだけ心配してくれる友達がいるなんて、真守は幸せだなと月子は羨むこともあったが、それ以上に弦稀の体調も心配だった。

「あのね、遠城寺(おんじょうじ)君が目が覚めた時、あなたが交代するみたいに倒れちゃったら、遠城寺君を心配させちゃうでしょ。そんなことになってもいいの? やっぱり、休まなきゃ、ね?」

弦稀は、ちらりと月子を見て、まだ視線を戻した。

「風賀美(かざかみ)は先に寝ればいい。俺はもう少し、起きているから」

「……」

そんなこと言って、また朝までこのままでいるつもりなのだ。

「じゃあ、私も寝ない。私だって、遠城寺君が心配なんだから」

覚悟を決め、弦稀の隣に座ると、不思議そうな反応を返された。

「どうしてだ。お前は休んでろ」

「私、さっき同じことを麻倉君に言ったのに、全然聞き入れてくれなかったじゃない。じゃあ、私も麻倉君の言うこと、聞く必要ないもん」

「……」

弦稀は数十秒黙考した後、床に体を横たえた。

「麻倉君?」

「少し寝てやるから、俺の目が覚めたら、風賀美は自分のテントに戻れ。いいな?」

(な、なんでそんなに偉そうなの?)

が、すぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。やはり、疲れていたのだろう。

月子は、リオが置いていった掛け布を、そっと弦稀にかけてやった。

昨日から、シュビレ達はあわただしくかけずり回っている。最後の〈イリスの落とし子〉である真守が見つかったため、ある者は〈雷〉の部族への連絡調整をし、またある者は〈デミルウゴス〉の万が一の襲撃にそなえ、武装を強化している。

真守には、外傷がないらしかった。頭も特に打った様子はないという。すでに治癒術を施された後なのに、彼は原因不明の昏睡状態に陥ったままだ。

リオが、治癒術を施した婚約者に(ちなみにこの少女の名を、月子はずっと聞きそびれていたのだが、ヘレムというらしい)、なぜ真守が目覚めないのかを問い詰めていたが、ヘレムは涙目で首を横に振るだけだった。

息はしているのに、目立つ外傷もないのに、目が覚めない原因は何なのだろう。



(遠城寺君、お願いだから目覚めて)

尽力している皆のためにも。

疲れを押して、そばについている弦稀のためにも。

(私も、あなたともう一度、話をしたいの)

許してくれなくてもいい、ただ、謝りたかった。

指がゆるくまるまったままの手を握り、祈るように額に当てた。

「――やあ、久しぶり。風賀美さん」

月子は、心臓が飛び出るくらい驚いた。だが、聞き間違うはずがなかった。すぐに首を巡らせば、寝台に横たわったままの真守が微笑んでこちらをみている。

「……遠城寺君っ!」

緊張がどっとゆるんで、安堵が押し寄せ、視界がかすんでしまった。

あわてて涙をぬぐって、頬笑み返す。

「あ、あのね、遠城寺君……」

何から言えばいいのだろうか。ここが地球と違う世界、〈ダナン・ガルズ〉であることか。傷づけたことへの謝罪か。月子と弦稀の二人が、突然あちらからいなくなったことの説明か。

どれも言いたいし、でもどう順序立てればいいのかわからなくて、月子は混乱する。

そんな彼女に笑みを向けたまま、真守はこう言った。

「大丈夫。俺はもう、全部わかっているから」

「え?」

真守は上半身を起こし、先ほどと変わらない笑みを月子に向ける。

なんと、暖かな笑みなんだろうと、月子は感心した。

これが、脅えながら月子に石を見せてきた、少年と同じ人物なのだろうか。

「俺は、全部わかってるんだ。だから、安心して、風賀美さん」

不安で陰った様子などどこにもなく、すべてを知って達観した余裕すら、垣間見える。

真守の言葉から、月子は必死で推測する。自分達に力がある理由や、自分達はここに生まれるはずの存在であり、地球に生まれるはずではなかったということを、真守に伝えた人物がいた、ということだろうか。

(でも、そうだとしたら、いつ、どこで、真守君はそれを知ることができたの……?)

「風賀美さん、俺がいない間、弦稀と何をしてたの?」

黙考していた月子は、自分の非礼をわびながら彼に目を向け――凍りついてしまった。

真守の顔に浮かんでいた、穏やかな表情は一切消失し、その瞳には冷たい光が宿っている。

糾弾するような視線に、月子はついていけず、混乱することしかできなかった。

「遠城寺、君……?」

そしてやっと思い当った――彼は、自分に怒っているのだ。

月子はあわてて、頭を下げた。

「あ、あの、この前は傷つけてごめんなさい! 許してくれなんて言わないわ、でも、謝りたいの……ほんとうに、ごめ」

言葉はそこで途切れた。顎に冷たい指がかかり、月子は強制的に上向かされる。

真守の、うっすら笑みを刷いた唇に、息をのむ。

彼は、こんな表情をする人だったか?
 
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