Stage 5


「え?」

「真守の持っている能力は、〈雷〉だ。俺なんかと違って、一瞬のうちに広範囲で、あらゆるものの破壊が可能なんだ」

「そっか。確か、遠城寺君の力って……」

月子は、シュビレの長老の説明を思い起こす。

月子や弦稀のような〈イリスの落とし子〉は、生まれながらに強い能力を持ち合わせている。

石の存在のおかげで、一族の中で誰よりも抜きんでて能力が強いと考えられているのだ。

現在〈デミウルゴス〉に捕えられている〈イリスの落とし子〉は、〈火〉と〈水〉の力を操れる。月子自身は〈風〉で、弦稀は〈鋼〉だ。

真守は〈雷〉で、弦稀いわく、音だけや稲光だけでも操れることができるらしい。

そして、行方がまったく杳としてしれない〈樹〉と〈地〉の能力者。この二人は一緒に逃げ回っていることが予想されるが、敵も味方も居場所が全くつかめてないのだという。

「うーん、確かに他の〈イリスの落とし子〉の能力と比べたら、遠城寺君の〈雷〉は、簡単にいろんなものを破壊できそうね」

「他に〈火〉や、使い方によっては〈地〉もすごそうだが、瞬発的な破壊力なら、真守の力が上だと思う」

「なるほど……」

弦稀は案外冷静に、友人の能力を分析している。なのになぜ、こんなに彼は動揺しているのだろう。

「どうしてそんなに、不安になってるの? 麻倉君は、遠城寺君の力は、強いって思ってるんだよね?」

弦稀は短い沈黙の後、唸るように言葉を吐いた。

「それは能力だけ見たら、の話だ。あいつはお前より強い。〈風〉よりも〈雷〉の方が、敵を迎え撃つには有利だ。けれど、真守は風賀美より、弱いんだ」

その一言が、月子の心に、不安とも痛みともつかないものをもたらす。

「あいつの弱点を突かれたら、話は別だ。もし、真守の傷に奴らがつけこむようなことがあれば……そんなことになってたら、俺は〈デミウルゴス〉の奴らを、絶対に許さない」

弦稀の拳に、ぎゅっと力が入る。怒りのためだろうが、傍から見て、痛ましささえ覚えた。

「真守、頼むから、無事でいてくれ……」

祈るようなつぶやきに、月子は自分の手を重ねた。

「大丈夫だよ、きっと。大丈夫だよ」

こんな言葉を重ねても、弦稀の心が晴れないのはわかっていた。

それでも月子は、彼の手を包み込んで、励ましの言葉を紡いだ。



自分も信じたかったのだ。 傷つけてしまったクラスメイトの、無事を。

〈デミウルゴス〉に捕えられ、ひどい目にあわされていないことを。

「きっとリオさんが、私たちを見つけてくれたみたいに、遠城寺君を連れてきてくれるよ」

月子は必死で、否定し続けた。

――あの夢で見た、どうしようもない不吉な予感を。


○○


「さあ、来たぞ。運命があちらから近づいてくる」

男は笑った。その顔の半分は布に隠れ、半月形に笑みを刻む、薄い唇しか見えていない。

「私自身は、あまり手を出せない。だから頭を使わねば。どうすれば、力をこの手に再び集めることができるかを――」

男の目の前に映るのは、月子と弦稀の二人。男は特に、月子の表情を盗み見た。

泣きそうな思いを抑えつけながら、必死で目の前の少年を励まそうとする、いじらしくて愚かな、幼い少女。

「さあて、いかにして、定められた流れをかきまぜてやろうか」

男は愉快そうにため息を吐き、ちらりと視線を動かす。

そこには制服を身にまとったままの、異界から連れてきた少年が、気を失ったまま転がっていた。

男はゆったりと少年へ歩み寄り、白い顎に手をかけ、自分の方へ強制的に向かせる。 少年はしばらく瞼を閉じたままだったが、やがて、朦朧と目を開いた。

男の瞳に、これから辿る運命を未だ知らぬ、少年の困惑した表情が映る。


○○


リオは、風のごとき駿足を止めた。

気がせいて乱れた息をなだめながら、目の前の人物へ近づく。

仰向けに倒れている人物は、眠っているのか気を失っているのか、ぴくりとも動かない。

よく注意して見ると、胸がかすかに上下しているので、リオはほっとする。

その人物がまとっている服は、出会った当初の弦稀が着ていたものと、全く同じだった。

やはりこの少年が、長老が言っていた最後の星――〈イリスの落とし子〉なのだ。

リオはひざまずき、少年の肩をゆさぶった。
 
7/8ページ
スキ