Stage 5


だが、彼がそれをしないのは、リオや長老に必死で止められたから、というのもある。


『我々〈シュビレ〉は各地に散らばっておりますゆえ、何か情報があれば、すぐさまお知らせします』

『そうです。長老の言うとおりです、ツルギ様。あなた方〈イリスの落とし子〉には、単独行動をとってほしくないのです。すでに〈風〉と〈鋼〉の部族には、お二人がしばらく我々のもとに留まることの、同意を得ているのです。まだお二人は、この世界には不慣れですし、どうか今は、ここにいて、ゆっくりとお休みください』


聞くところによれば、〈火〉の能力を持つカエンと、〈水〉の能力を持つマリンは、自らの一族を巻き込みたくないが故に、二人で〈デミウルゴス〉から逃げ回る選択をとったらしい。

しかしそれが裏目となって、二人は同時につかまってしまったのだ。

だから大勢の人出があれば、まだ安全だから、ここで様子を見てほしいと、リオと長老は、説得に骨を折った。

弦稀は月子が止めに入ったこともあり、不承不承、留まることを受け入れたが。

(本当は、どうしてあげればよかったんだろう……)

月子も本音では、この〈シュビレ〉の集団から一刻も早く立ち去りたかった。なぜなら、また〈デミウルゴス〉の一派がここを襲い、皆に危害を加えるか、わからなかったからだ。

また誰かが、自分のせいでリオのような目に遭うかもしれないと思うと、寒気で身が凍りそうになる。

だがここを離れては、月子は〈デミウルゴス〉に捕まるより前に、野垂れ死にする可能性があった。

水の調達方法も、どんな植物が食べれるのかも、野宿や火のおこしかたも、知らないのだから。

だから申し訳ないと思いつつ、ずるずるとここに留まっている。もちろん、いつまでも甘えるつもりはないのだが。

(馬の乗り方よりも、サバイバルで生き残る方法、教えてもらった方がいいかも……)

自分の中途半端さにため息をつく。誰かに迷惑をかけたくなければ、自分の足元を固めるしかないのだ。

弦稀は、月子の体調が何ともないとみてとると、元来た場所へとひきかえすべく、馬首をめぐらせた。

戻ってみると、何やら騒々しい。

「どうしたんですか? また、〈デミウルゴス〉が来たの?」

焦って近くの青年に問えば、青年は別の意味で緊迫している様子だ。

「いえ、それが、リオ様が長老様に呼ばれたんです。どうやら、さえぎられていた星の光が見えた、とか何とか」



「え……」

月子がその意味を脳内で整理している間に、弦稀は駆けだしていた。

「待って、麻倉君!」

月子も、馬の世話を若者たちにお願いして、あわてて後を追いかける。

弦稀が長老のテントにたどり着くと、そこには今にでも出立しようとする、旅支度を整えたリオの姿があった。

「俺も、連れていってください!」

リオは目を見開き、ついで首をゆっくり横に振る。

「申し訳ありませんが、お待ちください」

「どうして! だって、真守がいるんでしょう!」

気が急くあまり、弦稀はリオにつかみかかるところだったが、月子があわててそれを抑える。

「麻倉君、落ちついて!」

だが、こんな言葉で、彼の気が静まるはずないのはわかっている。 リオは、慎重に言葉を選ぶかのように、視線をさ迷わせた。

「時間がないので、率直に申し上げます。ツルギ様の足では、僕の速さに到底追いつかないからです。たとえ馬で追いかけてきても、僕の方が速い」

月子は首をかしげ、はっとひらめく。

「リオさんの能力って、すごく速く走ること、なんですか?」

そういえば以前『どこにいても追いかけることができる』というような意味合いの事を言われた気がする。深く気にしてはいなかったが、そういうことだったのか。

「僕は〈シュビレ〉の予知能力を持ってない代わりに、とても俊足なんです。馬で一日かけて走る距離を、その気になれば半日以下で走れます。けれど、他の人を連れて速く走ることは、不可能なんです」

言外に、弦稀と共に確認に行くことはできない、と言ってるのだ。 弦稀はなおも食い下がろうとしたが、うなだれ、リオに背を向ける。

「……あいつを、迎えに行ってやってください」

月子は思わず、弦稀の両肩に手を置いた。

「大丈夫だよ。リオさん、私たちも見つけてくれたんだから」

「なるだけはやく、良い知らせを持って帰ります」

弦稀は短く二人に礼をとり、目的地であろう彼方へ視線を向けると、もうその姿は見えなくなっていた。

まさに、突風が過ぎ去っていった。月子の髪や服がふわりと浮いて、元にもどる。

弦稀は、きつく握り締めた拳をほどくことなく、膝から地面に崩れた。

「麻倉君?」

みると、少年の体は、小さく震えていた。

「本当に、無事なのか、真守……」

「……」

月子はかける言葉が見つからず、震える弦稀の手に、自分のそれを重ねた。

「私も、不安だよ。遠城寺君、〈デミウルゴス〉につかまってないといいけど……」

口に出して、今は不吉なことを言うべきではなかったと、軽率な己を悔やんだ。 弦稀は月子の独白が聞こえていなかったかのように、青ざめた顔で息を吐く。

「あいつは、お前より強いけど、お前より弱い……」
 
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