Stage 4


「おいおい、いきなり何を言うんだよ? 俺がお前を嫌ってるだって? そんなわけないだろ」

ほとんど即座に返された答えに、ごめんね、と拓爾もうなずいた。

「いきなりこんなこと、聞いちゃってさ。変だと思うよね。でも、どうしても気になって仕方がなくて。ほんと、どうしてこんなこと聞いちゃったんだろ。気を悪くしたらごめんね……」

拓爾は、自分の質問内容を急に恥ずかしく思ったのか、うつむいて謝ってくる。真守は毒気を抜かれた。

探られると身構えていたのだが、それは杞憂だったのだろうか。

「いや、大丈夫だよ。わかってくれたならいいんだ。じゃあ俺、ちょっと急いでいるから」

今日は早めに帰るように母親に言われていたのは事実だった。真守は鞄を手に持ち、空いた片手で拓爾に挨拶する。

教室の扉に手をかけたところで、再び拓爾の声がした。

「案外、平気そうだね。二人の人間が消えたっていうのに」

砂漠に水滴がしみ込むより早く、真守はその言葉を反芻し、背後をゆっくりと振り返った。

拓爾の立つ位置は、先ほどと変わりない。その顔には慈愛に満ちた笑みが貼り付けられていた。

ただし、自分より明らかに下位にある者へ向けるような、憐みを多分に含んでいるものだった。

「今、何て言った?」

真守はなるだけ、高ぶりをおさえながら問う。ここまでくると、相手が何を言わんとしているか、答えはほぼわかっていた。

「あの二人がいなくなって、君が精神的にまいってるかと思いきや、そんなそぶりは見せないもんなあ。おかげで、予定していたより滞在時間が延びちゃったじゃないか」

決定的な言葉だ。やはり拓爾は、二人の失踪に関わっていたのだ。

真守は両足をゆっくり前と後ろに開き、いつでも臨戦態勢に入れるように右手をゆるく開く。

あまり自分の能力を使ったことはないが、右手からその力が出現するのはわかっていた。

「できれば穏便に、君を連れていきたいんだけど?」

「ふざけんな。あいつらを返せ!」

ちり、と右手のひらにしびれが走った。こう感じるのは、自分で生まれ持った力を使いこなせていないせいだろう、と真守は思っている。

弦稀は、能力を発動させるときに何も体に変化はない、と言っていた。

ただ呼吸をするように剣を出せる、と友人は言っていた。

真守はそうではない。ごく自然に力をふるえるほど、慣れてはいないのだ。回数だけではない。気持ちの面でも。

何せ、この強すぎる力をふるうのが、怖くて仕方がないのだから。

しかし今回はそれをさとられまいと、真守は強気に言った。

「俺が素直に、お前の言うことを聞くと思ったのか? 帰り討ちにしてやる」

そうしてわざと、力が今にもあふれそうな右手を掲げてみせた。その指に、白い光の筋がいくつもほとばしっていた。

まるで、音もなく輝いて散ってゆく、線香花火のように。

拓爾はそれを見て、より笑みを深めた。



「先にここから消えたあの二人は、〈鋼〉と〈風〉。そして君は、〈雷(いかづち)〉か」

「俺の能力がわかってるんなら、お前を攻撃する前に、早く二人の居場所を……」

こつ、と拓爾は一歩、真守へと近づいた。

「何をそんなに、あわてて、焦っているんだい?」

真守の表情が、硬直する。が、すぐに拓爾をにらみつける。

「焦ってる? 何を言ってるんだ」

「ふうん、そうなの?」

おもむろに拓爾は、真守が掲げている右手をつかんだ。真守の喉がひきつる。拓爾は真守の動揺を意に介さず、深く笑んだ。

「ほら、俺をつかまえてごらん」

その言葉がまるで相図であるかのように、真守の右手のしびれが大きくなり、光の筋が唐突に膨れ上がって――

まずい、と思った時には、真守の意識は強い衝撃につぶされ、闇に落ちた。



「おや、目が覚めた?」

体中を襲うしびれを感じながら目を開けると、拓爾が口角を上げて笑みながら、自分を見ていた。

真守はそこで、自分が気を失って倒れたらしいことに気がつく。

どれくらい意識を失っていたのかはわからないが、力が発動できる右手は、拓爾の足に踏みつけられたいた。

とっさに起き上がって、反対の手で拓爾の足をつかもうとするが、右手をさらに強く踏みつけられ、真守は動きを止めた。

「骨が折れてもいいんなら、抵抗してごらん?」

「……っ」

右手がきしむような痛みを感じながら見上げると、拓爾はさらに愉快そうに笑んだ。

「力が強いのに、それを使うのが怖くて、おまけにろくに制御もできてない。俺が、君をしっかり躾けてあげるよ。何だか、良い駒になれる素質がありそうだね、真守君」

右手をさらに強く踏みつけられ、真守の口から悲鳴が迸った。

「うあっ……!」

拓爾は少しかがみ込むと、真守の顎をつかみ、自分の方に無理やり顔を向けさせる。

「俺ができる干渉は限られている。だから君を、思う存分使わせてもらうよ?」

自分の計画が上手く進んだことに愉悦を覚えたのか、艶やかに拓爾ははにかむ。

「二人を……返せ!」

「こんな状況になって、まだそれを言うのかい。言っておくけど、彼らはあの世界に戻るのが正しい運命なんだよ。君も含めて、ね」

「? どういう意味だ?」

だが真守は、その回答を得ることはなかった。みぞおちに衝撃を感じた直後、急に視界が落ちていく。

せめてもの抵抗にと、両手で拓爾の襟首をつかもうとするが、それは叶わず、真守は意識を失った。






瞼を閉じた少年を見降ろし、拓爾はぼそっと呟く。

「掟破りにならない範囲で、人形たちに踊ってもらおう。楽しみに待っていて、ね?」
 
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