Stage 4


小学生の頃、声をかけてくれた弦稀。いきなり仲間だと言われ、嬉しさより怖さが勝り攻撃をしてしまったけれど、その後彼はずっと一緒にいてくれた。

転校してきたばかりの月子。仲間なのかと問い詰めたら、脅えて拒絶されてしまったけど、彼女を怒る気にはなれなかった。

月子は、あまりにも昔の自分と似ていたから。

(そうだ。こんなに生々しく記憶が残っているんだから、二人の存在が、俺の妄想であるはずがない。それに……)

転校初日、月子が不可抗力で自分の胸元へ倒れ込んできた時に嗅いだ、甘い少女の香りが、ふと脳裏をよぎる。

ふるふると頭を振って、真守は両手をぎゅうっと握りしめた。

(きっと、何かに巻き込まれたんだ。石に関係する、何かに)

また、石の存在が、不条理をもたらしたのか。

諦観を伴う怒りが小さな炎となって胸を焼く。が、自分の気持ちに振り回されているばかりではいけない。

(二人を助けなきゃ。俺が脅えてばかりでどうするんだ。そうだ、何のための、同じ石を持った仲間なんだ。しっかりしろ、俺!)

真守は決意をみなぎらせて、ゆっくりと顔をあげる。日常に染まった朝の教室の中で、彼の朝やけより鮮やかな決意を知るクラスメイトは、いなかった。

チャイムが鳴り、朝のホームルームの時間を告げる。

しばらくすると、未だにざわつく教室へ、担任の箸本が入ってきた。

「席に着けよー」という言葉と共に、生徒達は緩慢な動きで着席する。

箸本はころあいを見計らい、さて、と切り出した。

「皆も知っていると思うが、今日から転校生が来る。さあ、入って」

え、と真守は瞠目した。転校生が来るなどと、そんな話は全く聞いてはいない。

そんな格好の噂になりそうなネタなのに、今までクラスの誰もが口にしていないとは、一体どういうことなのだろう。

箸本に促され、新品の内履きが、妙に高く音を立てて教壇へと近づいた。

(あ、れ?)

現れたのは、灰色がかった髪に、灰色の瞳。日本人離れした美貌の少年だ。

柔和な笑みをたたえ、教室内に愛想を振りまく彼を見て、あちこちから感嘆のため息がもれる。

だが真守には、背筋を駆けめぐる悪寒しか感じることができなかった。

(何なんだ、あいつ?)

石を持つ月子でさえ、最初に見た時は普通の女の子であるとしか感じなかったのに。

そんな自分が、この少年に違和感を覚えるとは、一体どういうことだろう。



「はじめまして。四谷拓爾(よつやたくみ)と言います。よろしくお願いします」

緊張のためか、はにかみながら腰をおる仕草もまた様になっていた。おそらくこれだけの所作で、クラスメイトの関心をがっちりつかんだことだろう。

だが真守は、油断なく拓爾をじっと見ていた。

――間違いない、二人の失踪に、絶対こいつがからんでいる。

○○

拓爾は、振る舞いを見る限りでは、ごく普通の少年だった。

彼はそつなくクラス内にとけこみ、クラス内に居場所を作り、目立ち過ぎることなく、地位を確立していった。

人との距離を脅えながら測る真守とは全く正反対で、そのあまりの手際の良さには感心と嫉妬を覚えそうなほどだった。

しかし、その手際のよさにこそ、違和感を覚えてしまう。

彼は、本当は異質な存在であるからこそ、溶け込んで隠れようとしているのではないのだろうか?

(でも、何のためにこんなことをしてるんだ? 仮に、あいつが二人をさらったとして、この学校に転校生としてやってくる理由は……)

拓爾を最初に見た時に感じた寒気は、真守に逃げろと囁いている気がした。今はその寒気が、より心臓に突き刺さってくるようだ。

「次は、俺が標的なのか……」

思い当たった可能性を口にして、ぶるりと体が震える。

(くそ、しっかりしろ! これくらいで怖がってるようじゃ、駄目だ!)

むしろ、返り討ちしてやろう、くらいの気概を持たないと立ち向かえないかもしれない。

無暗な恐怖は、襲い来る敵より何万倍もやっかいだ。この時真守は、それを身にしみて実感した。



「真守君、だっけ? 真守君は、もしかして俺のこと嫌いなの?」

「え……?」

放課後の、不意打ちな問いかけ。

鞄を持って、机から腰を浮かせた真守に、拓爾がふいに近づいてきたのだ。

幸か不幸か、教室には二人以外誰もいない。

真守は不自然に頬をひきつらせたまま、固まってしまった。

対する拓爾は、妙な質問をしてしまった後ろめたさをもてあましているようだ。

「いきなりこんなこと言って、ごめん。何だか、どうしても気になっちゃってさ……」

ぽりぽりと頭をかく少年は、本当にどこにでもいる中学生に見える。ただ、ちょっと大人びていて、笑顔を浮かべるのが妙に上手いけれど。

(俺を探ってるんだろうな、きっと)

内から沸き起こる警戒心を悟られまいとしつつ、真守は苦笑交じりに答えた。
 
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