Stage 4
「星の光が、さえぎられている?」
弦稀は、イレウスが言ったままを反芻し、眉根をよせた。不審そうな少年へ、老人はゆっくりとうなずく。
「星がそこに存在するのはわかります。はっきりと感じ取れるのです。しかし、その光が見えないのです。これは、私の力が衰えたのか、あるいは……」
「あいつの身に、もう何か起きているかもしれない、ってことですか」
老人の無言が、答えだった。
弦稀はいきおいよく立ちあがり、出口へと体を向けた。しかし何度か床を踏んで、結局腰を落とす。強く握った拳を額にあて、いらただしげに息を吐いた。
「何がそこまで、ツルギ様を不安にかきたてるのですか?」
困惑よりは疑問を多く混ぜた問いに、弦稀はため息をつく。
「……あいつは、自分が石を持っていて、他人とは違うという事実を、異常なほどにに怖がってました。それが気になって仕方がなくて」
「ふむ、そうおっしゃいますが、石の存在を受け入れがたいのは、ツキコ様も同じでは?」
弦稀は、彼女との初対面の時を脳裏に思い浮かべる。わざと値踏みするように眺めていた自分へ、怯みながらも睨みつけてきた、あの姿を。
「風賀美は気が強い分、放っておいてもある程度は平気だと思います。でも、真守の奴は……」
うなだれたまま、弦稀はこぶしを強く握った。
「あいつは俺と初めて出会ったとき、驚いて攻撃してきたんです。石を見せても、俺が力を使ってみせても、一緒の境遇にある仲間だと、受け入れてはくれなかった。あいつは、ただ脅えて恐れていた。自分が疎んでいる部分へは、たとえ誰であろうとふれてほしくなかったんです」
イレウスが、考え込むように瞼を閉じる。
「俺は、真守の気持ちに気づいてやれなかった。そのせいであいつを、怖がらせてしまった。だからもう、あいつを傷つけるようなことはしたくない。あいつを一人に、したくないんです」
やりきれない、という風に、弦稀は拳で床を殴った。
「真守に孤独を捨てさせたのは、俺だ。だから、俺はあいつを一人にしちゃいけないんだ!」
敷物に、弦稀の想いの強さの分だけ跡が残る。
手の形にへこんだ布をを眺めながら、深く深く悔恨の息をついたとき。
――高い悲鳴が、耳をつんざいた。
○○
脊髄反射のごとく、ただ足が動いた。
テントから出て周囲を見渡し、はるか前方に人影を認め、弦稀はそこへ向かって駆ける。
その焦燥へ呼応するように、首からさげた石が何かを訴えてきた。言葉ではない何かで、弦稀の内側をつつき、弦稀が知らなかった眠れる本能を刺激する。
直感の赴くままに、走りながら髪の毛を一本ぬいた。それはたちまち、肘くらいの長さの針へと変化する。
「風賀美っ!」
人影の姿が、はっきりと視認できた。
そこには全部で三人がいた。両手を首にあてて倒れ伏すリオと、少し離れた場所で両手を広げて立ちつくし、硬直する月子。そして、唇を歪めて微笑む、黒装束の少女。
三人はちょうど、三角形を形作るような位置にいた。黒装束の少女が弦稀の方を振り返り、挑発をかねてか片手を振る。
「あらあっ、もう一人〈イリスの落とし子〉のお出まし? うふふ、楽しくなりそう」
「お前、〈デミウルゴス〉かっ!」
手に構えた針を、少女へ向かって投げようとした。
その刹那、少女のあでやかな唇が、怜悧過ぎる言葉を吐いた。
「動くんじゃないわ」
少女がくいっと手を引き寄せ、まるでその動きに合わせたかのように、月子が悲鳴をあげた。
「いやあっ!」
嫌な予感がして、弦稀は動きを止めた。
青ざめた月子を見やる。両手を、地面と平行に上げている彼女に、何かがまとわりついていた。
光を反射する、透明な細い糸。
「さて、ここで問題です」
そういって少女は、弦稀を指差す。
「あなたが、その針を投げて、私の体を貫く速さと」
次に、リオを指差し、
「あの彼の首が、締め上げられる速さと」
最後に、月子を指差した。
「あの子の全身が輪切りにされる速さと、どっちが速いでしょうか? ふふ、あんまり難しくないわよね?」
優位を確信した少女の片手には透明な糸が握られ、少女の手の動きにあわせて揺れている。それは、リオと月子へ伸び、二人をからめとって、動きを封じているのだ。
「このやろう……」
弦稀は手を降ろすこともできずに、射殺さんばかりに少女を睨みつける。
この状況は確かに不利だ。自分ひとりで、同時に二人を助けられる可能性があるかどうかは怪しい。
この距離からして、針が少女に到達したとしても、月子とリオはこと切れてしまうかもしれない。