Stage 3


「おそらくは、でしょうな。ただ、なぜ〈デミウルゴス〉が〈イリスの落とし子〉を狙うのか、理由が全く分からないのです。最初は、力が目当てではないかと考えました。しかし〈イリスの落とし子〉に寄り添う石は、強大な力を秘めていますが、他者が持っていても意味がない。それなのに〈デミウルゴス〉は、〈イリスの落とし子〉以外には興味がないようです。つい先日は、〈火〉のカエン様と〈水〉のマリン様が捉えられてしまい、何とか交渉しようと〈デミウルゴス〉との接触を試みましたが、思わしい成果は未だ……」

イレシスはそこで口を閉じた。語り疲れたのか、ひとつ大きな息を吐く。

「質問しても、いいですか?〈火〉と〈水〉の〈イリスの落とし子〉のことなんですけど。その二人は、どこの世界で生まれたんですか?」

「あなたがたと同じ世界で、男女の双子として生を受けました」

ということは、地球なのだ――自分以外に、四人も石を持った存在がいたのだ。月子は目を見開く。

「ダナン・ガルズへと帰還したカエン様とマリン様の存在の穴埋めのため、お二人と入れ替わるようにして、同じ名前の存在があちらで誕生しています」

聞き流しそうになったが、今、恐ろしいことを言ったのではないか。

入れ替わる? 穴埋め?

「双子……カエンとマリン……どこかで聞いた覚えが」

弦稀がぶつぶつと呟く。そのおかげか、月子は意識をそこへそらすことができた。

「どうしたの?」

「いや、大したことじゃないと思うんだが、何だかデジャヴが……あ、そうか」

弦稀は、月子へと振り向いた。

「カエンとマリンって、双子のタレントで売り出し中じゃなかったか? 前に、テレビで見た覚えがあるぞ」

月子も記憶の糸を手繰る。

転校前日、見るともなしに見ていたテレビ画面。うるさいバラエティに出演していた、自分より三つ年上の……。

「もしかして、今話題になってるあの映画に出てる人たち? 双子の兄と妹の許されざる恋愛ストーリーで、実の兄妹が恋に落ちる双子を熱演したってすごく騒がれてた、アレ?」

弦稀は一瞬、反応に遅れた。固まった彼は、はあ、と息を吐く。

「女子はどうしてこうミーハーなんだ。それにその映画、そうとう悪趣味だな。作った奴、どうかしてるんじゃないのか?」



「でも、キスシーンはないらしいよ? 私は見てないけど、お母さんがそう言ってた」

「お前の母親は見たのか……」

弦稀はなぜか、片頬をひくつかせた。

「でもその双子タレントが、ダナン・ガルズへ戻ってきた二人の代わりに生まれた存在、だなんて……」

いや、それはそれで、正しい運命に戻ったのだ、と言えるかもしれない。

何しろ、ダナン・ガルズに生まれるべき人間が、地球に生まれているという時点で、何かが外れているのだから。それが修正された、それだけのことではないだろうか。

(じゃあ、今頃、私の代わりに誰かが……?)

そこまで考えて、怖気が全身を貫く。いきなり弦稀に二の腕を掴まれ、そこで自分が均衡を崩しかけているのだと悟った。

倒れこみそうになった月子を、弦稀が支えてくれたのだ。

「……ごめん」

背中に手を回されて、恥ずかしさとみっともなさでいたたまれない。

「気分が悪いなら、休んでろ」

「ううん、自分の耳で聞きたいの」

再び座りなおした月子へ、イレシスが詫びるように目を伏せた。

「あの時、カエン様とマリン様も家に帰りたいと泣き叫んでおられました。ツキコ様の動揺も、無理はありません。しかし、これも〈イリス神〉の采配なのでしょう。あなたがたの生きる場所は、ここなのです。いずれ、受け入れなければならない事実です」

(え……)

やんわりと断言されて、月子は戸惑い、脅え――そして、逆上する。

なぜ、いきなりそんなことを言われなければならないのだ。

地球に居た時は、石の存在に翻弄されて脅えてばかりで。

見知らぬ異世界では、わけがわからないままちやほやされて、一方的な運命を語られて。

「そ、んな……そんなのって、ないわ!」

親切にあれこれ説明してくれたイレシス相手に声をあげるのはお門違いだと思った。なだめるような優しい色を瞳に宿す老人を直視できず、月子はテントから飛び出した。

後ろから、リオの声が聞こえた気がしたが、戻る気はなかった。

○○

(風賀美って、引っ込み思案なのかと思ったら、案外感情を表に出せるんだな……)

弦稀は妙に落ち着きはらって、怒鳴った少女に感心していた。

あちらにいた時は、常に警戒している手負いの子犬のような側面しか見てなかったせいもある。

やはり、彼女の対人関係の姿勢は、石の存在が影を落としていたのだろうか。

(こんなところまで、真守と同じか……)
 
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