Stage 3


首から服の下に下げた、水色の石を指でなぞる。と、まるで動物のように石が跳ねた。

地球にいた時と違って、石の持つ力が強くなっている気がする。

「急で申し訳ありませんが、祖父が話をしたいとのことです。僕の後に、ついてきてください」

月子は弦稀を見る。彼は無言で頷き返してきた。

リオは、テントの群から少し離れたところにある、ひとまわり大きなテントへ二人をいざなった。扉の布をめくり、中に入るように促される。

そこには老人が一人、恭しく仰臥していた。

出迎えた彼の体勢に、月子はまた委縮する。

「よくぞお越し下さいました。本来ならば、こちらから窺ってお話をするべきなのですが、幾分体が不自由なもので、お手数をおかけいたしたこと、お詫び申し上げます」

「い、いえ、そんな……」

すっかりうろたえる月子と違って、弦稀は冷静に返した。

「俺たちは、あなたから詳しく話を聞きたいのです。話を聞く側が訪問するのが当然ではないでしょうか? 頭を上げてください。俺たちは、そこまでかしこまれるような人間じゃないんだ」

老人は、ゆっくりと顔を上げた。日に焼けた肌の色味が、陽光の射さないテントの中でも十分わかる。顔に刻まれたしわは、長い年月を積み重ねた悲哀が刻まれている。

「そうですな。ツキコ様とツルギ様は、別の世界からやってきたのですから、戸惑うのも無理はないかもしれません。どうぞ、おかけください」

老人が示す敷物の上へ、月子と弦稀は腰を下ろした。二人の後ろ、テントの入り口付近にリオが立つ。

「先に自己紹介をしましょう。私は、〈シュビレ〉の長で、イレシスと申します。そこにおる孫のリオから聞いているとは思いますが、お二人の存在を〈シュビレ〉の能力で察知したが故に、お迎えにあがったのです」

そうだったのか、と月子が目だけで弦稀に問いかけると、彼は小さくうなずいた。月子が寝ている間に、弦稀はあれこれと既に聞かされているらしい。

「どうぞ、疑問があればなんなりと、お聞きください」

弦稀が口を開く様子がないので、月子はおそるおそる尋ねる。言いながら、弦稀がゆずってくれたのかもしれない、と思った。

「ここは、どこなんですか? 抽象的な質問で申し訳ないんですけれど、私はまずそこから知りたいんです」

「この大陸は、ダナン・ガルズといいます。私たちが住んでいるのは草原地帯。西には大山脈があり、そこをこえると平地です。その先には海原が広がっております」

なるほどつまり、本当に地球ではないのだな、と月子は最終宣告を受けた患者の気分になった。

やっと情報を得られて安心すると同時に、油断すれば暗い穴へと吸い込まれそうになる。



「ツキコ様は、イリス神の守護を受ける七部族のうち、〈風〉の一族であるエンリキの〈イリスの落とし子〉であり、ツルギ様は、〈鋼〉の一族であるヴァルガの〈イリスの落とし子〉です。お二人は、そのように生まれついたのです。お二人が本来あるべき場所は、ここなのです」

月子は自分を叱咤する。心の底から這い上がってくる感情に飲まれてはいけない。今は、イレシスという老人の話に集中しなければ。

「私と彼が持っている石が、〈イリスの落とし子〉である証しなんですね?」

「その通りです」

「じゃあ、私たちがこのダナン・ガルズに生まれず、ちきゅ……別の世界で生まれた理由は、何なんでしょう?」

ここで生まれていれば、他の人との差異に苦しむ必要もなかったのに。不満の言葉を飲み込んで、石を握りこむ。

「……実は、よくわからないのです。と申し上げるしかない。以前、あなた方を含め、七部族のうち五つが〈イリスの落とし子〉が生まれず、騒ぎになりました」

「五人も生まれなかった?」

弦稀がようやく口を開く。彼が眉をしかめ考え込んでいるのを目の端に入れながら、イレシスの話に耳を傾ける。

「今から七年前、でしたかな。私は唐突に、二つの星の光を異世界に見出しました。それが〈火〉と〈水〉の〈イリスの落とし子〉だったのです。その後今回のように奇跡がおこり、お二人は無事ダナン・ガルズへと帰還しました。
そのこと自体は喜ばしかったのですが、相変わらず〈風〉と〈鋼〉と〈雷〉の〈イリスの落とし子〉は行方不明のままだったのです。

異界へ干渉できる能力者は〈シュビレ〉には誕生することはありませんでしたし、そして私も、残り三つの星の輝きを感じることはできなかったのです。ここ数年は焦る一方でした。なにせ、〈デミウルゴス〉の動きが活発になっていたものですから」

「でみうるごす?」

弦稀が反復すると、イレシスは深く頷く。
「ツキコ様とツルギ様は、ダナン・ガルズへ降り立ってすぐ危険な目に遭われたと聞きました。あなた方を襲撃した者は、間違いなく〈デミウルゴス〉の一員でしょうな」

月子は脳裏に、目もとを仮面で覆い、黒ずくめの外套をひるがえす少年を思い描く。

「俺たちが狙われた理由は何ですか?〈イリスの落とし子〉だから、ですか?」
 
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