Stage 3


「そのまま、俺は教室を後にして帰ったのか?」

「そこまでは分からない。その後目が覚めたから……」

「そう、か……」

弦稀は腕を組んで、黙り込んでしまう。やはり言わないほうがよかったかと、月子はおろおろし始めた。

「でも、単なる夢だし、たぶん大丈夫よ」

何が大丈夫なのだろうか。まったく具体性の伴わない慰めだが、弦稀は「そうだな」とうなずいてくれた。

○○

肉で出汁をとったスープらしきものを飲み、その晩は眠りについた。

弦稀は別のテントを与えられているようで、月子が寝入った後、そこへ戻っていったようだ。

朝は見知らぬ女性に起こされた。彼女にまで敬語を使われてしまい、月子は委縮する。

「新しいお着替えをお持ちしました。外に水桶がございますので、顔はそこで洗って下さいませ。すぐに朝食をご準備いたします」

むずがゆい心地を抱え外へ出て、目に映る光景に息をのむ。

(わあ……)

円筒をつぶしたようなテントが寄せ合うようにして立てられていて、月子はそのただ中にいて風を感じた。

四方にひたすら広がる地平線と、大地を覆う青い草。駆け抜ける風が頬をなぜ、その優しさに身をゆだねたくなる。

月子が持っている石が、反応したのがわかる。

石はきっと、草原を走る風に狂喜している。月子には、それが手に取るようにわかった。

彼女自身も少なからず、その歓喜を感じ指先が震えている。

「おはよう」

「あ、麻倉君、おはよう」

数歩離れた先まで歩いていくと、白いテントの前で、弦稀がすでに顔を洗っているところだった。

指先で水面をかき乱すと、ひんやりとした清涼感に目が覚める。ぴちゃぴちゃ、と遠慮がちに顔をぬらし、月子は立ち上がった。

「おい、風賀美」

布で顔と手を拭きながら、弦稀が声をかけてくる。どうやら彼は、月子と同じように、互いを名字で呼ぶことに決めたようだ。

「何?」

「この後は、どうするんだ?」

「どうするって……せっかくだから、朝ご飯を食べさせてもらおうかなあって。その後で、詳しい話を何も聞いていないから、一度しっかり説明してもらいたいなって考えてるんだけど。確か、リオさんって人が、明日話をしてくれるって言ってたよね?」

「ああ……まあ、その方がいいだろうな」

弦稀が視線を落とし、思案するように黙り込む。

「どうしたの?」



「いや、真守はどこにいるのか、気になっただけだ」

この時月子は、弦稀の言葉を深刻にとらえることができなかった。

確かに、今ここにいない真守がどうなっているのか、とても気にはなる。が、自分たちだって大変な状況に巻き込まれている。まず、足元を確認してから真守を探すべきなのでは、と月子は考えていたのだ。

―――この一言で弦稀の心境を推し量れ、というほうが無理だったのかもしれない。

弦稀の心はこの時、得体の知れないもやもやした焦りにとらわれていた。それは二人の関係を全く知らない月子にとっては、想像できない感情だったのだ。

朝食は、二人で摂ることにした。月子のテントまで運んでもらう。

大きな布を広げた床の上に、肉を茹でたもの、肉と菜(何の植物までは分からなかった)が具材のスープ、他にもパンやミルクが並べられる。

思いのほか腹が減っていたらしく、月子も弦稀も無言でたいらげてしまった。

「これ、何のミルクなのかなあ? 牛?」

「羊じゃないか? よくわからないけど」

「ん、でもよく考えたら、ここって地球じゃないんでしょ? 羊っているのかな?」

「なら、牛もいないんじゃないか? ああでも、馬はいるのは確実だな。離れた場所で、何頭かつながれていたし」

「へえ、そうなんだ。あ、そういえばさ、捻挫がもう治ってたんだけど、こんなに早く治るのって、変だよね?」

変、という言葉に思った以上に体が震えた。

「お前が寝ている間、足首に手のひらをかざしていた奴がいた。要するにあれが、治療行為だったんだろうな。魔法か何かじゃないか?」

「ふうん、そっか……」

ところ変われば、常識も覆される、ということらしい。

ここで話題もつきたが、ちょうど人が迎えにきた。昨日会った青年、リオだった。

「お食事はお済ですか? おかわりなどは……」

「いいえ、大丈夫です。たくさん食べさせてもらいました。ありがとうございます」

「お礼など、とんでもない。あなた方をもてなすのは、当然のことです」

笑顔で言い切られ、またも月子は違和感にとらわれる。

自分は、この世界に昨日来た(それもどうやって来たのかは全くわからない)ばかりなのに、なぜ無条件でもてなされ、敬語を使われるのだろうか。

普通、こういう状況では警戒されたりするのが筋というものではないか。

(これも、この石のせいなのかな)
 
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