Stage 3


「『やっと見つけた』とか『探してた』とか、訳のわからないことほざく奴についていって、着換えたとたんに眠ってしまっただろ。覚えてないのか?」

「うーん、そういえば、そんな気もする」

確か、自分たちよりも少し年上の青年に、共についてきて欲しいと熱心に説き伏せられたのだ。

もちろん月子と弦稀は疑心暗鬼の固まりだったので、最初は敵意むき出しだった。が、弦稀が月子の足の手当てをしようとする青年を見て、心を決めたのだ。

『お前を信用しても、大丈夫なんだな?』

油断なく、剣を取り出しながらするどく尋ねる弦稀に向かって、青年はうなずいた。

月子は、その青年の真摯な瞳の色で、彼を信じようと思ったのだ。

「思い出したのなら、いい。少しここで待ってろ。人を呼んで来るから」

弦稀は立ち上がると、入口に下げられた布を上げて、外へ出ていった。月子が一人きりになったのはほんの少しの間だけで、弦稀はすぐに戻ってきた。

一緒に現れたのは、あの青年だった。

「よかった。お目覚めでしたか」

いきなり敬語で話し始め、しかも膝まづいたものだから、月子の方が仰天してしまう。

「や、やめて。どうしてそんなことするんですか?」

ベットから這い出して青年へ歩み寄ろうとし、足首の違和感が消えていることに気がついた。痛みが、嘘のようにひいている。

捻挫がこんなにも早く回復するなど、ありえるのだろうか。

青年は月子の困惑など知る由もなく、笑んだ。

「何をおっしゃいますか。あなたがた二人は、やっと見つかった失われた星なのです。行方不明となった〈イリスの落とし子〉が、この時期になって二人も現れるとは、まさに奇跡としかいいようがありません」

なめならな口上を咀嚼し、少し思案してから、月子は弦稀へ助けを求めた。

「……今、この人が言ったことの意味、解説してくれない?」

「なかなか無茶な注文つけるんだな、お前」

弦稀自身も、はあとため息をつき後頭部をかきむしる。どうやら彼は、月子が目覚める前、散々こういう話を聞かされたようだ。

「こいつが言っている意味は、こうだ。俺たちが本来生まれるはずだった世界はここで、俺たちは〈イリス神〉に守護された七つの部族のうち、〈風〉と〈鋼〉をつかさどる一族の〈イリスの落とし子〉だとさ」

弦稀の説明を必死で頭に叩き込み、月子はもう一つ質問する。

「……〈イリスの落とし子〉って、何?」

「その一族の中で一番力が強い奴のことらしい。基本、その時代に一人しか生まれず、力の継承は石に依る、とかなんとか」



石、という単語に、月子の肩が跳ねる。

自分を苦しめた根源。それでいて、身につけていないと不安で不安でたまらなかったもの。

「で、理解できたか?」

「うーん、あんたの話は分かりやすかったけど、どうしてこんな状況になってるのか、全然理解できないわ」

と、青年がさらに進みでて口を開く。

「今日はお疲れでしょうから、このままお休みください。今、軽食をお持ちします。詳しい説明はまた明日、僕の祖父が行います」

それと、ともう一つ青年は付け加えた。

「僕は、〈シュビレ〉のリオと申します。あなた様の名前を、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「えっと、風賀美月子……です」

ぎこちなく返すと、青年は深くうなずいた。

「ありがとうございます。では、ツキコ様にツルギ様、今日はこのままお休みください。何か御用があれば、何なりとお申し付けください。それでは、おやすみなさいませ」

丁寧に述べ、リオは辞去した。少しの沈黙の後、月子は思い切って口を開く。

「あんたって、下の名前、ツルギっていうの?」

「麻倉弦稀、だ。それが俺の名前だ」

このやりとりが、何だか奇妙だった。
見知らぬ世界に放り込まれ、ここにたどり着くまでに、命を助けたり助けられたりした仲なのに、今まで相手の名前も知らなかったのだ。

「あ、でもよく考えたら、遠城寺君があんたのこと、弦稀って呼んでたっけ、確か」

あれは、屋上で弦稀に石を見せるよう強要された時だ。その場面を思い出し、月子は顔をしかめる。

「俺も今思い出したけど、真守の奴、お前のこと風賀美って呼んでたな。聞いていたはずなのに、どうして思い出せなかったのか……」

そこで、弦稀の言葉が途切れた。その顔が、少し動揺に染まる。月子も彼と同じことに思い当った。

「あ、あのさあ……」

二人は、同時に口を開く。

「遠城寺君は、今どこにいるの?」

「真守は、どこにいるんだ?」

少女と少年の胸中を、黒い不安が占拠していく。

沈黙に耐えきれず、月子は急かされたように口を開いた。

「私、眠っている間、悪夢を見たんだ」

「悪夢?」

怪訝そうな声を出しながらも、こちらへ身を乗り出す弦稀の瞳が、真剣な色を帯びていく。

「うん。私が教室に一人きりでいるところにあんたが現れるんだけど、あんたは私に気がつかないで、遠城寺君のことを探しているの。でも、遠城寺君は教室にいなくて、あんたは帰ろうとした。だけど、そのとき、突然遠城寺君が現れて、あんたの名前を必死に呼んでた『待ってくれ、弦稀!』って……でも、あんたは気がつかなかった」
 
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