Stage 2


強く放たれた宣言通り、少年のひとつひとつの動きが、重く、するどく、素早くなる。

弦稀は流れるように繰り出される攻撃を何とか槍で受け止めるが、どんどん不利な立場に追い詰められていった。じりじりと後退する最中、草か小石かに足をとられ、大きく背が傾く。

「危ないっ!」

月子が叫んだのと、少年がほくそ笑んで王手をかけようとしたのは同じだった。

地面に背から倒れ込んだ弦稀の命はないものと思われた、が、月子は槍の代わりに、弦稀の手に剣が握られていることに気がつく。

突如現れた剣と、少年が振り下ろした小刀が拮抗する。

歯を食いしばり、腕の筋力を最大限に引き出す弦稀へ、少年は感心したように言った。

「なるほど、お前は〈鋼〉か。なら、他の奴より剣術も上手いんだろうなあ。俺をもっと楽しませろよ」

「……っ!!」

力任せに小刀を押し込む少年と、腕をあげて攻撃を防ぐ弦稀。どちらが不利なのかは、傍目にも明らかだった。

弦稀の腕が、震え始めている。力の押し合いの均衡が崩れるのは時間の問題だ。

「やめてっ!」

月子は一歩踏み出そうとして、足首を駆け抜けた痛みに歯ぎしりする。これでは、弦稀を助けに行くことができない。いや、それ以前に、自分などがいても何にもならないのではないだろうか。

あれだけ激しい剣戟を交えた二人の間に割って入るなど、そんな度胸があるわけがない。

しかし月子が躊躇している間にも、弦稀はだんだん限界に近付きはじめている。

このまま何もしないで、あの小刀が、弦稀の端正な顔に振り下ろされてしまったら。

その光景を脳裏に思い浮かべたとたん、月子は考えるより先に言葉を発していた。

「やめてえっ!!」

懇願と、切迫した感情と、それ以外の何かが、少女の体を駆けめぐる。

閉じられていた窓が開き、その向こうに澄んだ青空が存在していることを知った時のような開放感が、月子を包んだ。

奥底から高ぶってくる浮遊感にまかせ、勢いよく片腕を伸ばす。

少女の腕に導かれるように、風が放たれた。

刃物のように尖った突風は、銃弾のように少年の仮面を貫く。

「うわあっ!!」



目もとを覆う仮面は、風の力で粉々に砕けた。

少年は手で顔を押さえ、盛大に舌打ちする。指の隙間から、怒りに彩られた瞳が見え隠れした。

「覚えてろ。仮は必ず返すからな!」

捨て台詞を残し、現れた時と同じようにして、少年の姿は唐突に消えていった。

「助かった、の……?」

いまいち状況を把握できず、月子は間の抜けたつぶやきを森に響かせる。

弦稀が大きくため息をつき、月子はあわてて彼のもとまで這っていった。

「大丈夫?!」

弦稀は、特に怪我をしていないようだった。

息はまだ荒く、両手がかすかにふるえているようだったが、それ以外は変わった点はなさそうだ。

「平気だ」

そっけない返事を返されて、ほっとしたと同時に、月子の顔は青ざめた。

――緊急時とはいえ、他人の前で風の力を発動させてしまった。

「あ……」

後悔と、ひどい緊張が押し寄せる。他人とは違う自分の力を疎んでいる月子にとって、何より恐れていることが、自分の異質さを他者に見られることだった。

見られた後、何を思われるのか。それが一番、怖いのだ。

崖から突き落とされた心地になり、弦稀からじりじりと後ずさる。逃げなければならない。強迫観念が波となって押し寄せる。

「どこにいくんだ?」

弦稀に制服の裾をつかまれ、月子は飛び上がりそうになった。

「えっ、あ、その……」

何と言おうか考えあぐねているうちに、弦稀は身を起こす。その手には、戦闘中に忽然と現れた剣が握られていた。

弦稀が剣の柄を二三度握りこむ。と、そこにあったはずの武器が、消えてしまった。物理的法則を完全に無視した現象に、月子も目を丸くする。

まさかと思い、おそるおそる尋ねた。

「その剣、あんたが出したの?」

「そうだ」

迷いのない即答に、目を見張る。

「じゃあ、さっきの槍も?」

「あれも俺だ」

唐突に、弦稀は月子の胸を指差した。その先には、服の下に下げている、例の水色の石がある。月子は思わず両手でかばった。

「お前が、風を使えるのと同じように」

そう言いつつ、弦稀は黄色い石を取り出す。

生まれてこの方、彼自身をずっと束縛し続けてきた、因果のある石を。

「俺は、自分の思うように刃物を出現させることができる」

弦稀が言うには、剣だろうが槍だろうが、思い描けばあっという間に目の前に現れるらしい。

そして、消すこともできるそうだ。

「そう、だったんだ……」
 
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