Stage 2
「……?」
声がした方へ振り向こうとして。
弦稀が叫んだのと、視界が大きくぶれたのは同時だった。
体が無理やり上へと引っ張られ、自分の状況をようやく見渡せた時には、月子は太い樹の枝の上にいた。
先ほどいたところより、少し森の奥へと入った場所だ。
正体不明の声の主が、月子の首筋に小刀を突き付け、さらに空いた片手で両腕を背中へねじり上げている。
「何……?」
すべてが一瞬のことで、何が何だがわからない。
「ずいぶんあっけないなあ。ちょっとつまらないや。もう少し、遊びたいのに」
月子の自由を封じているのは、声変わりもまだのような、十二、三の少年のようだ。
ようだ、というのは、彼が頭まで隠れる外套に身を包んでいる上、両眼が白い仮面で隠れているから、正確な年齢が推し量れないのだ。
「ちょっと、何なの! 放して!」
わめいて身をよじるものの、少年の拘束はびくともしない。いったいどこに、そんな力があるのかと思うほどだ。
「お前はちょろすぎ。いいから黙ってて」
突然、両肩に痛みを覚え、月子はうめいた。
「関節外されたくなかったら、大人しくしてるんだな」
「っ…! 痛っ……!」
ゆっくりと、あり得ない方向へ負荷がかかっていく。
暴れようとすると、首筋に刃物がきらめく。万事休すだ。
(何でこんな目に遭わなきゃいけないの!?)
頭痛とめまいに襲われた後には、知らない場所に気に食わない少年と二人きりで放り出され、おまけに足をくじいていて、今は妙なコスプレをした少年に自由を封じられて。
全くもってわけがわからない。神様がいるのなら、苦情を全力で叩きつけているところだ。
――この時月子は、正体不明の少年が日本語を話していないことと、自分が彼の話を理解できていることに、気がついていなかった。
「おい、そこの低能」
足元を遥か見下ろすと、弦稀が険しい視線でこちらを睨みつけている。
月子に刃を突き付けている少年は、おかしそうに笑った。
「それ、俺のこと? それともこいつ?」
「両方だ」
(何で私まであんたに罵倒されるのよ!)
突っ込みをくれてやりたいが、首元の鈍色がどうきらめくかわからないので、下手に動くことができない。
おまけに、だんだん負荷をかけられる肩は、限界に近付いてきている。
「や、やめ、て……」
弦稀を挑発するためか、少年は月子をより痛めつける。月子には確認できなかったが、弦稀の瞳がより不快の色を増した。
「怪我した女を人質にとって勝ったつもりなのか。よっぽど打つ手が思いつかないんだな」
「お前こそ、俺を挑発して怒らせようっていう魂胆が見え見えなんだけど。その手にはひっかかるかよ」
「率直な感想を言っているだけだ。皮肉と、そうじゃないものの区別もつかないのか?」
「ふん。そこで吼えてろ」
少年が、勝ち誇ったように言った刹那。
月子と少年の周囲で、突発的な風がいくつか起こった。
月子が痛みをこらえて目を開くと、自分たちが立っている大樹の枝に、いつのまにか五本の槍が刺さっている。すべて、少年の足もとに過たず穿たれていた。
「俺の話を聞く暇くらいは、作れ」
地上から響いていたはずの弦稀の声が、月子の頭上から落ちてくる。
首を動かせば、手に槍を持った弦稀が降りてくるところだった。
弦稀は少年と月子の間に無理やり割って入り、少年の懐に槍をついて隙を生み出し、片手で月子を抱えて草の生い茂る地上へ降り立つ。
かなりの高さがあるはずなのだが、弦稀は大した衝撃も受けずにしっかりと両足で着地した。
そのことに対して、月子は特別驚かなかった。なぜなら月子自身も、普通の人よりも高く跳躍できる力を持っているからだ。これも、石を持っているが故なのだろうか。
「下がってろ」
弦稀は短くそれだけいって、盛大に悪口を吐いた少年と刃を交えた。
少年は疾風のごとくすばやく、弦稀の懐へ飛び込んで小刀を振り上げる。
槍の長さが不利となる距離まで詰めようとしたのだ。しかし、弦稀は柄を短く持ち直すと小刀を返し、その勢いで柄を横に凪いで少年の腹部を叩こうとした。
その前に少年が大きく後退し、彼は口元を歪める。新しいおもちゃを手に入れた子供のようだ。
「全然面白くないかと思ったら、そこそこできそうじゃん? じゃあ、遠慮なんかしないからな!」