Stage 2
それはまっとうな意見なので、月子は押し黙る。
ここがどこかもわからないし、おまけに怪我を追っている状態でひとり取り残されるのは、ものすごく心細い。
「だからって、なんであんたなんかと二人きりなのよ……」
「それは俺のセリフだ。こんなことなら、文句を言うのは明日の朝にでもしとけばよかった。お前といたせいで、ひどい面倒事に巻き込まれるなんてな」
「あんた、本当にむかつくわ。無事に帰れたら覚えてなさい」
「それも、俺のセリフだ……それはそうと、今はいつなんだ?」
弦稀はふと立ち止まると、彼の鞄をごそごそとあさる。とりだした携帯電話を開き、液晶画面を確認する。
「ん……?」
「どうしたの?」
そっと彼の携帯を覗いてみると、液晶画面が真っ黒な色で塗りつぶされていた。
「電源が切れている。そんなはずはないんだけどな。もしかして、壊れたのか?」
ふと、月子は自分の腕時計を確認してみた。が、袖をまくって現れた時計は、動きを止めてしまっている。
「あれ、私の時計も壊れちゃったのかな?」
入学祝に家族がくれたというのに。月子はがっくりと肩を落とした。
「他に、時間や日時がわかりそうなものは、持ってないのか?」
弦稀に問われ、首を横に振る。弦稀は携帯を鞄にしまうと、また月子の腕を肩に回して、歩き出す。
「これから、どうするの?」
あまり身長が違わない少年へ向かって問うと、彼はけわしい表情で前を固定したまま、ゆっくりと答える。意見をまとめながらしゃべっているようだ。
「まず、人のいる場所へ行く。道には車か何かが通った跡があるから、歩いていけばどこかにたどり着けるはずだ」
見渡す限り、草と木々と道と風しかない中で、弦稀は一瞬言葉に詰まった。
「……と、思う」
「そうね、とりあえず歩くしかなさそう」
そっと左足首に力を込めてみた。やはり、痛い。これでは、弦稀に迷惑をかけることになるだろう。
それがどうも、気に食わなかった。
「一人で歩く、とか言うなよ?」
まるで考えを読まれたようなタイミングのよさに、月子は驚いた。
「怪我を甘くみると、後が面倒だからな。治療できるまで、しょうがないからこうやって肩貸してやる。ありがたく思えよ」
「最後のことば、余計よ」
やはり気に食わない。むかむかしてそっぽを向くと、また話しかけられる。
「その様子だと、大丈夫そうだな」
「え? 何が」
「頭、もう痛まないのか?」
言われて、はたと気がつく。そういえば、倒れて意識を失う前に襲ったひどい頭痛が、嘘のように消えていた。
「うん、大丈夫よ。全然平気」
「そうか……なら、いい」
それだけ確認して満足したのか、弦稀は押し黙ってしまった。
月子も口を開く気にはなれず、しばし二人の間には静寂が漂う。
弦稀は何も言わないが、月子は悟っていた。
彼の額に汗が浮かんでいるのを見ると、やはり怪我を負った自分はそうとうお荷物なのだろう。
(放っておけばいいのに……すぐ戻ってくるとかなんとか、嘘でもつけばいいのに)
気に入らないと思っていた少年が、予想外によくしてくれることに感謝すると同時に、妙に面白くない思いにとらわれてしまう。
ずいぶん自分はひねくれてしまってるな、と自嘲した時、鼻の頭に冷たい飛沫が落ちてきた。
「あれ……?」
「雨、だな。降ってきやがった」
頭上では、陰鬱かつ重たそうな灰色の雲が、空をだんだんと覆っていくところだった。
弦稀は少々かけ足になり(だがこの時も、月子の足をかばって動いた)、近くにあった森の入口付近の大きな樹木で、二人は雨をやりすごすことにした。
さらさらと勢いを増す雨に、若々しい色をした草や木々が洗われていく。
立ちこめる土の香りを胸一杯に吸い込むと、月子は雨を救おうとして両手を差し出した。
「何やってるんだ?」
「のどが乾いたから。水でも飲もうかと思って」
「確かに、何も口にしないよりはマシだな」
弦稀も月子の動作を真似て、手を枝がしなる外側へと差し出した。
月子の耳元で、誰かの声が響く。
「見ぃつけた」