Stage 2
疑問を口にする余裕もなく、頭を抱えて膝をつく。こめかみがひきしぼられる感覚と、脳内に大きな質量を持った何かが無粋に侵入してくる気持ち悪さ。
「い、痛あいっ!」
月子のただならぬ異変を目のあたりにし、弦稀はあわてて彼女にかけよった。
「おい、どうした? 大丈夫か!」
差し出された腕にすがりつくが、鐘を打ち鳴らすような激しい痛みは消えることはない。
鈍痛に混じって、頭の中で声がする。聞き覚えのない、男と女の声だ。何を言ってるかまでは判別できず、ただの雑音にしか聞こえない。
「いやっ! やめてえっ!」
耳を押さえても、声は頭の中をかき回す。視界がぐにゃりとゆがみ、月子はその場に倒れ伏した。
「おい! しっかりしろ!」
弦稀の声が、突然途切れた。彼もまた、月子と同じような激しい頭痛に襲われたのだ。
「な、何なんだ……これは」
「誰か……助け、て」
世界が溶けてゆく。川原で揺れる草も、冷たい水の香りも、季節を変える風も、遠くで聞える車の行き交う音も、すべて。
輪郭を失い、崩れ、二人の前から消えていく。
「いや、いやだーっ!!」
月子の強い拒絶の声は無視され、意識は強制的に奈落へと落ちていった。
○○
最初に、額に風の当たる感覚がした。
体をもぞもぞと動かすと、何かに囲われていると分かった。目を開けると、白い光が目を焼いたと同時に、弦稀の顔が間近にあった。
「起きたのか」
「……」
月子の背に、弦稀の両腕が回されている。気に食わない相手に、横たわった状態で抱きしめられていると分かった瞬間、悲鳴をあげた。
「離れてよ変態――っ!!」
起き上がって拳を振るおうとするが、その前に弦稀は素早く体を起こして立ち上がった。
身のこなしの速さに歯ぎしりしていると、彼は表情を変えずにため息をつく。
「思ってたより元気そうだな」
「誰かさんのおかげでね」
皮肉を込めて返すと、小さな声でぽつりと言われる。
「……心配して損した。大損だ」
「聞こえてるわよ!」
と、ようやくその段になり、月子は自分の周囲の風景が一変していることに気がついた。
「ここ、どこなの……?」
二人が倒れていたのは、道から外れた草むらの中のようだ。わだちの跡が残っている道は、地平線の彼方まで続く、あまりにものどかな平野。
「ここ、どこ……?」
だが、月子のその疑問に答えてくれる者はいない。傍らにいる弦稀も、押し黙ったままだ。
「どこなのよ! ねえ、ここはどこなの?!」
乱暴に弦稀に問いかけるが、彼ははあ、とため息をつくばかりだ。
不機嫌そうに目をすがめ、短く答える。
「んなこと、俺が知るわけねえだろ」
非常に愛想のない言い方だが、確かにその通りだ。
「頭痛が起きて目が覚めてみれば、ここにいたんだ。いつのまにここにいたのか、ここはどこなのか、詳細は全部不明だ」
弦稀は淡々と述べているが、反対に月子は段々パニックに支配されていく。立ち上がろうとして、左足首に針で刺したような痛みが走る。
「きゃっ」
その場で尻もちをつき、足首をそっとなでる。どうやら、捻挫してしまったようだ。
「大丈夫か?」
弦稀が歩み寄り、細い指が自分の足首に触れ、月子はびくっと身をすくめた。
『そういうやり方は、お前自身を孤独にするだけだ』
無遠慮でつららのようにするどい彼の言葉が、脳裏によみがえる。
かっと体中に熱が昇り、月子は弦稀の手を振り払った。
「さわらないで!」
睨みつけ、何とか自分で立ち上がろうとするが、体が言うことを聞いてくれない。何とか立ち上がれても、歩くことすらままならないのだ。
地面に膝をついた月子へと、再び弦稀の手が差し伸べられる。
「あんたの助けなんかいらない!」
そう言って好意をはねつけるが、弦稀は月子の左腕を自分の肩にまわし、立ち上がらせる。
「構わないでって言ってるじゃない。離れてよ!」
「うるさい。少しは黙れ」
前を向いたまま二人分の鞄を持ち、月子の体半分を支え、弦稀は道に出る。わだちの跡をたどりながら、少しずつ前へと歩を進める。
「俺は別に、お前なんか置いていってもいいんだが、このままだと目ざめが悪くなる。水も食料もない状態で、誰が通るか分からないこの場所でじっとしてたら、干からびるだろう?」