Stage 2
「俺だって、お前を許すつもりはない。昨日のこと、真守に謝れ。そうしたら俺もお前に謝ってやる」
「あんたが先に頭を下げなさいよ。ていうか、『謝ってやる』って、その上から目線は何なのっ?!」
「……お前は本当に、昔の真守と同じだな」
いきなり話をぶった切り、妙に納得した様子の弦稀に怒りがわきあがる。
「言いたいことがあるなら、はっきり言えばいいじゃない!」
が、弦稀は月子の瞳を探るように見てくるだけで、沈黙を貫きとおした。
もう一度口を開こうとした時、弦稀がこちらに近づいてくる。視線は月子を捕えたままだ。
(な、何……)
強制力のある静かな視線のせいで、うまく後ずさりできない。あっという間に距離を縮められ、弦稀は月子の手首をつかんだ。
「やだっ……」
「そんなに、俺が怖いのか」
感情をずばりいい当てられて、なぜか体が凍る。
「あ……」
「俺が、石を持っているってわかってても、怖いんだな」
そう言いながら、弦稀は通学鞄を足元に放り、空いた手でポケットを探る。
とりだした手に握られていたのは、月子の石と全く同じ力を有した――ただし、色は黄色だが――石だ。
それは紛れもなく、弦稀が月子と同じだという証し。
でも、それをはっきり理解した今でも、月子は弦稀から逃げたくてしょうがなかった。
全身の震えを押さえられない。そして、それはきっと弦稀にも伝わってしまっている。
「放して、よ……」
「放したら、逃げるんだろう? その後はどうするんだ。ずっと、俺のことも真守のことも、避けるつもりなのか?」
「あんたには関係ないでしょっ!」
怒鳴りつけて一歩下がるのに、その分だけ距離を縮めてくる。
「確かに関係ない。けれど、見ていると腹が立つ」
「なっ……!」
弦稀のこげ茶色の瞳が、厳しく光った。
「この際、石の存在の有無は関係ない。俺は、お前の態度が気に入らないんだ。自分が傷つくのを避けようと必死なせいで、誰にも近寄らずに、心を見せずに、手を振り払うような生き方をし続けて、いいわけがないだろ?」
「今度は説教するわけ? いい加減うるさいわ! あっち行って!」
怒りにまかせて腕を振ると、弦稀は意外にあっさり手を離した。彼の感触が残った皮膚をそっと撫でながら、恨めしげに睨みつける。
「そういうやり方は、お前自身を孤独にするだけだ」
西日に映える弦稀の整った顔を見ているうちに、激情がふつふつとわいてきた。
泣きそうな思いと、煮えたぎるような熱さが、月子のうちではげしくせめぎあう。
どうして、会ったばかりの態度の悪い少年に、ここまで言われなければならないのだろう。
どうして、反論できずに黙っているしかないのだろう。
痛いところを容赦なく突かれ、隠したい心を土足で踏みにじられ、月子は弦稀を激しく睨んだ。
息を吸い込み、思いっきり声を吐きだす。
「私に……」
かかわらないでよ!
けれど、次の言葉は永遠に途切れてしまった。
○○
穏やかな眠りさえも冷たく覆い隠すような濃い暗闇で、男は笑っていた。
口に笑みを刷きながら、細い指で宙に何かを描きながら、彼は謳うようにつぶやく。
「私は、お前たちを心の底から待っていたのだ」
男の目の前には、半透明の楕円形の板が浮かんでいた。そこにうつっているのは、川原の土手で言い争う月子と弦稀だ。
二人の姿を――特に、感情的になって声を荒げる月子を見て、男はますます歓喜の笑みを形作る。
「早くこの世界に、降り立つがいい。お前たちのいる場所は、そこではないのだ」
その言葉と共に、男は指を動かすのを止めた。空中には、男が指を動かした軌跡が赤い光を放ち、ひとつの魔法陣を構築している。
「歪められたさだめを、元に戻す時が来た」
男の声に応えるように、魔法陣は力を蓄え、より強い光を放つ。
血よりも赤く、太陽よりもまぶしく。
そうなってもなお男の笑みは消えることがなく、ひたすら嬉しくてたまらないというように、彼は声をあげた。
「さあ、おいで」
○○
世界が、溶けてゆく。
見間違いではない。月子の目に入るものすべてが、輪郭を崩し、氷が水に姿を変えるように溶けていく。
「え……?」
次の瞬間、激しい頭痛に襲われ、月子は声を失った。
「っ!……なっ」