Stage 2


月子は、真守を拒絶してしまった。

触れられたくないことに、何も知らない赤の他人が土足で入り込んだと感じて、我慢がならなかったのだ。しかし、感情を爆発させたその相手も、月子と同じ立場にあるのだということを忘れていた。

真守が彼の石を掲げながら、呼吸するのもやっとというほど青ざめた顔をしている姿を見て、気がついたときには遅かった。

(どうしよう……)

何も言えない。何も言葉が思い浮かばない。
指先を震わせながら、月子に話しかけようとしてくれた勇気を、恐怖のあまり踏みにじってしまったのだ。

「風賀美さん……」

名を呼ばれ、びくんと肩が跳ね上がる。いつの間にか、真守が穏やかな目をして側に立っていた。

「次、音楽室へ行かなきゃ。遅刻しちゃうよ?」

「あ……う、うん」

まともに返事すらできず、歯がゆく思う。

けれど、何をどうやって切り出して、どう話せばいいのだろう。てんでわからない。

石におびえ続け、周囲にいたあらゆる人間から逃げ続けていた月子には、こういう時どうすればいいのかまったく思いつかないのだ。

自分でも意識をしないうちに、手を握りしめていた。口を開こうとしても、言葉が喉の奥に張り付いてしまっている。

ひとつ息をつき、あきらめて音楽の教科書を引っ張り出した。

廊下に出ると、既に音楽室へ向かっている真守の背が目に入る。

このままではいけない。何か言わなくてはいけない。

けれど月子には、それができないのだった。

リノリウムの床の上で棒立ちする自分の影が、とても黒く、はっきりと映し出されている。

それをうらめしく思いながら、悄然と肩を落とし、月子は歩を進めた。





(何も、言えなかった……)

息が詰まるような思いの中で一日が終わり、逃げるようにして教室を出てきてしまった。

真守に呼び止められた気がしたが、聞えないふりをした。

どうせ卑怯な自分の妄想だから、それでいいのだ。無理やり思い込んでおく。



沈みかけた夕日は、穏やかに流れる川面に温かい色彩を与えている。急いで家へ帰る気にもなれないので、せめて見なれない景色を楽しもうと、ゆっくりと通学路を歩いた。

ふと思い立ち道をはずれて、芝生に覆われた土手へと足を運ぶ。

犬と散歩している老人の下駄の音が小さく響き、さらにそれを覆い隠すように、車の行きかう音が頭上に架かった橋から落ちてきている。

今はまだなじむことはできそうにないが、やがてはここに、根を下ろさなくてはいけないのだ。

しかし転校三日目にして、月子は様々な難題にぶちあたっていた。

――自分と同じく、石を持った少年二人との遭遇。

――そして、そのうちの一人を傷つけてしまったことへの後悔。

昨日のことをひとつひとつ思い返すうち、弦稀(つるぎ)の顔が思い浮かんで、はらわたが一気に煮えくりかえる。

「あいつ、本当に不躾だった……あーもう、ムカツク!」

彼は礼儀というものを知っているのだろうか。

一分の隙も許さないような厳しく麗しい造形で、初対面の女子に詰め寄り、挙句の果てには胸倉をぐっとつかんだ。

顔はきれいなはずなのに、やってることが常識はずれにもほどがある。

真守には謝らなければならないが、弦稀には謝らせないとこちらの気が済まない。

「明日になったら、ガツンて言ってやらないと!」

「ずいぶん大きな独り言だな、うるさいぞ」

壮絶に嫌な予感がして振り向けば、案の定、通学鞄を片手に下げた弦稀が立っていた。

「なっ……! 何であんたがここにいるのよ?!」

「いたら悪いのか。お前の後をつけてきたんだ」

「すっ、ストーカーっ?! 変態で犯罪者予備軍の上にストーカーまでしてるの? 最低!」

昨日の分の怒りも一緒に叩きつけるが、弦稀は心底あきれた表情で、ふんと息を吐いた。

月子とは違い、どこまでも冷淡だ。

「勝手に一人で盛り上がって決めつけて納得するな。犯罪者にだって、選ぶ権利があることを知らないのか?」

「さらに失礼なこと言わないでよ! 昨日のこと、謝ってちょうだい。私はあなたを許せないし、許したくない」

拳を固く握り、ぐっと弦稀の端正な顔を睨みつける。

色彩の薄い少年は、月子の視線をまっすぐ受け止めた。
 
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