Stage 2
魔法によって編成された小さな火がともる中で、七部族の副代表たちは、難しい面持ちで卓を囲んでいた。
皆一様に、口を閉じて黙り込んでいる中、ひとつだけ声が響いていた。
「……というわけで、僕の祖父の直感は、カエン様とマリン様が〈デミウルゴス〉の手にとらえられてしまったと、告げたそうです」
その場ではそぐわないほど若い青年が、神妙に告げる。誰もが重いため息をつき、ゆっくりと絶望の色が辺りにしみわたっていく。
「〈シュビレ〉の使命を受け継いだ者の言うことじゃ。おそらくそれは、確実なのだろう。お二方は、既に……」
「カエン様とマリン様がそのようなことになるとは……ダフネ様とウーレア様は、ご無事なのか?」
「祖父によれば、無事だそうです」
「そう、か……」
誰もがやり切れないように、重い息を吐いた。
〈デミウルゴス〉の目的は、七部族の長である〈イリスの落とし子〉たちが持つ力と、石であるらしいので、彼らの生命が脅かされる心配はない。
が、そうとはわかっていても、不安の芽は育っていくばかりだ。
「それと、祖父はもうひとつ、告げました」
一拍置いて告げられた内容に、副代表たちは驚愕に目を見開いた。
「見えなかった星が三つ、遠く時空を隔てられた世界にある、と」
○○
「ちゃん……お兄ちゃん」
すがるように自分を呼ぶ声に導かれるようにして、カエンは目を開いた。
最初に目に入ったのは、白目が真っ赤になってしまったマリンと、見なれない天井だった。
そこは全体的に、青色の光で満たされた部屋だった。
天井付近に浮かんでいる光球は白く輝いてはいるものの、それ以外――例えば壁の表面などが、呼吸しているかのように、青白い光を反射してゆらめいているのだ。
光をのみこんでたゆたう水の中にいるようで、何とも妙な気分になる。
(あっちの世界の、”スイゾクカン”を思い出すな……)
「大丈夫?」
「ああ、何とかな」
安心させるように微笑むと、マリンの瞳から新たな涙があふれる。
ぬぐってやろうと腕をあげるが、それすら億劫だ。どうやら、あの攻撃でだいぶ痛めつけられたらしい。
「動かしちゃだめ! じっとしてて」
マリンはカエンの体を起こすと、包帯をはがした。氷の魔法で痛めつけられた傷口を目に入れ、戦慄が走った。
あちらはかなり本気で攻撃してきたようだ。マリンが泣きついていなければ、今頃自分はどうなっていただろうか。
(〈イリスの落とし子〉だからって、容赦しないってことか。やっぱり、二人だけで逃げてきてよかった。誰かを巻き込むわけにはいかない……)
新しい布が、皮膚の上に巻かれていく。治癒魔法を使えれば一番いいのだろうが、生憎と、カエンもマリンもそれは使えないのだ。
「お兄ちゃん……私たち、どうなるんだろうね」
いつもは気丈に振舞うマリンが、二人で行動してから初めて弱気な言葉を口にした。カエンは立ち消えそうな弱々しさに、あえて気がつかないふりをする。
「それより、いつまで俺のこと、『お兄ちゃん』って呼ぶ気なんだ? あちらにいた時の癖が、まだ抜けてないんだな」
「だって私たち、元々は双子だったじゃない。だから、お兄ちゃんって呼びたいの。だめなの?」
マリンの目から雫がこぼれおち、彼女は兄に抱きついた。カエンは片手だけ、マリンの頭に手を回す。
「お兄ちゃん、ごめんなさい。私のせいでつかまっちゃって……」
「気にするな」
自分より長い髪を指ですきながら、自分とよく似た顔をした少女へ囁く。
「あの時、強気なこと言ったけど、本当は怖かった。助けてくれてありがとう、マリン」
マリンは無言になった。より強く顔を押し付けて、声を押し殺して泣いているようだ。
胸が涙でぬれていくのを感じながら、今は悩むよりは無事であったことを喜ぼうと、マリンの背を、おさなごをあやすように、ゆっくり何度も叩いた。
○○
真守(まもる)にあわせる顔がない。だからといって逃げてしまっては、卑怯だ。
けれど、苦しくてならなかった。隣の席に座っている真守は、昨日あんなことを言ってしまう前と、同じように接してくれているのに。
月子は、朝に「おはよう」と言葉を交わしたきり、どうしても真守の姿を直視することができなかった。
彼を傷つけてしまったと強く自覚しているから、罪悪感にじわじわと苛まれる。