Stage 1
「弦稀、お前マジでひどいな。風賀美さんは、びっくりしちゃったんだって。それだけだよ」
「それだけ、で、お前に暴言吐いたのは許せない」
いや、それは、その前に弦稀が彼女に対してとった行動がすべての元凶ではないだろうか、と言おうとして、真守は言えなかった。
「……石、人に見せるの、平気になったのか?」
逡巡ののち投げかけられた言葉に、真守は首を振る。
「あの時、手が震えてた。正直、弦稀以外にはあの石は見られたくないし、見せたくない。服の中から取り出すのも、すごく嫌なんだ」
「なら、どうして無茶な真似を……」
「だ、だってさ……」
真守は、喉からこみ上げてくるものを無理やり飲み下す。
「きっと、風賀美さんは、昔の俺と同じ、だ、から……」
それ以上は言葉にならず、真守は、体を丸めて自分の両膝に顔をうずめる。
背中に、親友の手のひらの感触を感じた。
びっくりするくらいやさしくて、あたたかかった。
○○
――その世界の希望の星たちは、どんどん墜落していく。
「お兄ちゃん!」
剣戟が入り乱れる中、聞えてくる怒声を耳でとらえた直後、右肩に焼けつくような痛みが走った。
「うああああああああっっっ」
骨と神経まで達する苛烈な痛みに耐えられず、傷口を押さえて倒れ込む。
「お兄ちゃん! しっかりして!」
自分を兄と呼ぶ少女、マリン――彼女は違う部族の長なのだが――が、振り下ろされる剣を跳ね上げ、近づいてくる。
「来るな! マリン……うあっ」
血に濡れているはずの傷口が、固まっていく。血が凝固しているのではない。魔法で、氷に覆われていっているのだ。
「心臓に達する前に、ご決断下さい」
顔を覆った男たちの間から、首領と思われる人物が進みでる。目もとだけ隠している仮面と短い赤髪が印象的で、後は、他の男たちと見分ける要素がない。
仮面の目もとに掘られた模様を見て、憎々しげに吐き捨てる。
「〈デミウルゴス〉……!」
「ご名答。さすがイリス神を崇める七部族の長の一人。で、先ほどの続きですが……」
妙に芝居がかったしぐさで、男は手を差し伸べてくる。
「我々に降伏し、命を存えるか、ここでのたれ死にするか、どちらがよろしいでしょうか?」
「……ずいぶん、ふざけた質問だな」
激しい痛みをこらえ、口の端だけで、笑ってみせる。
「俺がここで死ねば、お前たちは石を手に入れられない。〈イリス〉の力を奪われるくらいなら、俺は自分のさだめをつらぬくまでだ!」
「なるほど。その強がり、私は嫌いではありませんが……」
男は、嗜虐的な笑みを口元に浮かべ、氷におおわれる傷口を踏みつけた。
「うわあああああああっっっ!!!」
「お兄ちゃんっっ!」
頭上からマリンの悲鳴に交じって、耳障りな騒音が聞こえてくる。
それこそ、本当に楽しそうな、笑い声が。
「賢く生きないと、もっと苦しい目に遭いますよ? さあ、どうなさいます?」
痛みと絶叫で、意識が飛びかける。喉と体が裂けるかと思った。
「やめて! やめてえっ!!」
狂ったように懇願する声がしたかと思うと、マリンが駆け寄って来て、自分の頭を抱きかかえた。
「お兄ちゃん、もういいよ……もういいから」
「マリ、ン」
それは、敗北宣言だ。そう言うこともできずに、意識は真っ白に染まっていく。
強制的に瞼が閉じる直前、男の低い哄笑が、聞えた気がした。
「……〈イリスの落とし子〉が二人、闇にとらわれてしまった」
夜空を見上げたままの老人のつぶやきに、孫の青年は衝撃を受ける。
「なぜ儂は、気配だけしかわからないのだろうか。〈イリスの落とし子〉がどこにおられるのか、せめてそれさえ分かれば……」
「じいちゃん。そんなに落ち込むなよ」
慰めにならないと思いつつも、肩を叩く。と、両手で顔を覆っていた老人が、がばりと顔をあげた。
「じいちゃん?」
「星が……見えなかった星が、三つ、どこかに、いる」
青年は首をかしげたが、それが何を意味しているのか悟ると同時に、祖父へと詰め寄った。
「本当か? じいちゃん!」
「ああ、間違いない。ずっと行方不明だった落とし子が、三人。とうとう、感じることができるようになったぞ……!」
老人の声は、興奮でかすれた。
青年は、祖父の熱が伝播したかのように、拳を力強く握り締める。
「ならきっと、その三人の〈イリスの落とし子〉たちは……」
いずれ、自分の運命を知ることになるのだろう。
非力な少年少女たちが、自分たちの意志などかまいはしない、不条理なさだめを思い知る日は、近い。