Prelude 1


「ここ、どこなの……?」

口から思わずついて出た言葉は、非常に間抜けな響きを伴っていた。

風賀美月子(かざかみつきこ)はなんとか冷静になって、さっきまでの状況を思いだそうと頭に手をあてる。

そう、自分は、転校先の同級生の麻倉弦稀(あさくらつるぎ)と共に、川の土手にいたはずなのだ。

そこで、触れられたくもない話題をされて、逆上して反論しようとしたら――

突然、世界が溶ける錯覚に襲われた。

輪郭と色が正常な形を保てず、チョコレートが暑さのせいでどろどろに溶けていくように、自分の周りを囲んでいるものすべてが、くずれていった。

そして、強烈なめまいと吐き気に立っていられず、地面に倒れたのだ。たぶん、気を失っていたのだと思う。

そして目が覚めてみれば、周囲の景色が一変していたのだ。

「ここ、どこ……?」

そこは、見渡す限りの平野だ。荷車が通ったようなわだちの跡がある道が、はるか地平線の向こうよりさらに向こうにまで伸び、あとは低い草が生え、時折森林が彼方に点々と見えるばかりで、そのほかには何も特徴的なものは見当たらない。ただの開けた、平穏な土地。

がらりと変わってしまった光景を見ているうちに、怒りとおびえがわきあがってくる。

「どこなのよ! ねえ、ここはどこなの?!」

月子は焦りも手伝って、弦稀に乱暴に問いかけた。

自分よりも少しだけ背が高い同学年の少年は、不機嫌そうに目をすがめ、短く答える。

「んなこと、俺が知るわけねえだろ」

初対面から印象が良くなかった相手は、どこまでも愛想がなかった。


○○


闇が溶けた空間で、男の落ち着いた声だけが響いた。

「また、あちらから落ちてきた……」

顔全体を布で覆っている男は、それだけ言うと再び沈黙した。しかしその言葉の意味は、その場にいた誰もが理解できていた。

「〈イリスの落とし子〉がこの世界に戻ってきた、のですね?」

念のため誰かが問うと、男はゆっくりとうなずく。

「これで、こちらの世界にいるのは六人だ。あと一人、足りない。しかし、手を早く打つに越したことはない……落ちてきた二人を、早々にとらえてくるのだ」

おごそかで、しかし逆らい難い響きを秘めた声を最後に、またあたりは沈黙に包まれた。
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