四章
さすがに幼子の拳でも、痛いものは痛かった。
両手でサラマンドラの攻撃を塞ぎながら、ユーグレラは謝罪の言葉を口にする。
「ごめん、そんなつもりじゃなかったんだよ」
だが、サラマンドラもむきになっているようで、簡単には拳をおさめてくれそうにない。ふと、兄弟喧嘩とはこんなものだろうか、という思いが脳裏をよぎる。
「ごめん、もう笑わないよ」
「嘘つき! ずっと笑ってる!!」
頬を真っ赤に染めるサラマンドラが可愛くて、また笑みがこぼれてしまう。
サラマンドラはそんなユーグレラを見て、またぽかぽかと拳をふりあげてくる――というやり取りが、何度か続いた。
結果的に腹の底から思いっきり笑うことになり、ユーグレラは寒い夜の中で、幸せをかみしめた。
こんなにも愉快で、切ない夜は、初めてかもしれない。
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「うそ……だろ……」
クルーヤは、愕然とそう呟いて、膝をついた。
目の前に広がっている光景は、とても心温まるものだった。
顔を赤くし怒っている少女と、困惑しながらも愉快そうに声をあげて笑う少年。
クルーヤの耳元に、〈風〉の無情な声が響く。
(アノ少女ハ、アノ少年ノ、父親違イノ妹ダ。間違イナイ)
「……いや、何言ってるんだよ、〈風〉。そんなわけ、あるかよ……」
クルーヤの目には、二人は仲の良い、幸せな兄妹にしか映らない。
ならば、なぜ、どうして――スペルステスに、半分血の繋がった妹に、あんな過酷な選択を選ばせたのか。
(志半ばで死んだ王のために、自分の体を痛めつけて、魔法で性別まで偽って……何でだよ。そんな悲惨な形で、忠誠を誓う必要が、あったのか?)
追い打ちをかけるように、ユーグレラの声が耳に届く。
「この時の僕は、油断していた……」
目の前の少年は、笑い続けている。
このユーグレラの声は、今現在の、クルーヤに記憶を見せているユーグレラのものだろう。
「彼女と……妹と打ち解けているところを、決して、誰にも見られてはいけなかったのに。嬉しさのあまり、油断しきっていたんだ」
ふと、クルーヤは小屋の方を振り返った。
険しい顔をした魔法使いが、無邪気にじゃれあう二人の姿を、凝視している。
淡い月光が、二人の哀れな兄妹を、照らし続けていた。
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