四章
「いったいいつまで、あの幼子の面倒を見るおつもりですか?」
ユーグレラは、一瞬考えた。
「僕をとりまくものが、あの子と一緒にいるのを許してくれる間、ずっとだよ」
実のところ、あの少女に対し、複雑な感情を抱いているのは間違いない。
ある面では、あの少女はかつて自分が親にねだった、年下の兄弟なのだ。だがある面では、母が家族を裏切った証しでもある。
それも、母が王に背いて近づいたその男は、相手が王妃だと承知の上で、受け入れたのだ。
(いや……そもそも父への裏切りが、最初から母上の意思通りだったのかなんて、もう確認のしようがないんだ)
だが、ユーグレラはほとんど確信していた。
母のサラマンドラは、あの少女が目に入れても痛くないほど、かわいくて仕方がなかったはずだ、ということを。
一つ前の夏に見た、あの光景が――少女と遊ぶ、喜びに満ち溢れている母の顔を、見てしまったから。
ユーグレラは、こぶしに爪を立てた。
心の奥に巣食う灰色のもやを、自分でも認めたくなかったし、ましてやカーラにはなおさら悟られたくなかった。
「とりまくもの、とは?」
「父やカーラや、親戚や、父の臣下たちや……とにかく、すべてのものだよ。何となく、わかってるんだ。カーラは、僕がこの子を気にかけることが、面白くないんだろ?」
「気づいておられましたか」
誤魔化すでもなく、魔法使いはあっさりと認めた。
「何かに固執することは、喜びにつながることももちろんありますが、あなた様の立場では、どうしようもない弱点になることもあります。今の場合、何を憂慮すべきかといえば、あの少女を、妹同然と考えておられることです」
「確かに、この状況では、何かあった時、僕が王族として誤った判断を下す可能性もある」
カーラは、わずかに驚いた様子だった。
「そこまで考えておられながら、どうして……」
「そうだな、僕は、カーラが考えている以上に、感情的なのかもしれないね」
あの少女のことは、本当に不憫に思う。恐ろしい目にあった彼女を、守ってやりたいし、優しくしてやりたい。
だが、自分が手に入れれなかったものを――母のまっすぐで暖かな愛情を、かつて味わっていた彼女への、羨望と嫉妬があるのも事実だ。
ユーグレラはその感情を、少女を不憫に思うことで、帳消しにしたかった。
「でもそれは、考えすぎかもしれないよ、カーラ。そもそもこの子が……〈アンプロセア〉として無事に生きることができるのか、保証は一切ないんだから」
これ以上話をしても、平行線になるばかりだったので、どちらからともなく話を終わらせると、二人は冷めてしまった魚を頬張った。
夜、小さな足音で目が覚めた。
ぺたぺたと頼りない音は、床で横になっていたユーグレラを通り過ぎ、小屋から出て行ってしまった。
少し間を置き、無言で体を起こす。閉まり切っていない扉からは、外の明りが漏れていた。
「……私が参りましょうか?」
カーラの問いかけに、ユーグレラは首を振った。
「ありがとう。でも、僕だけで追いかけるよ」
「わかりました。夜道なので、お気をつけて」
外に出ると、満月の光が辺りを照らしていた。
幼子の足だから、そう遠くまで行っていることはないとは思うが、万が一もある。これだけ明るければ、動く獣もいるかもしれない。
ユーグレラは腰に佩いた剣に祈るように手を当て、歩を進めた。
少女の姿はなかったが、道なりに進んでいくことにした。風はなかった。ほどよく冷えた夜の気配が、地面から足に伝わってくる。
(薄い格好で出ていったはずだ。早く見つけてあげないと)
だが予想よりはすんなりと、ユーグレラは少女に追いついた。
少女は、家から少し離れた川原にいた。
疲れ果てているのか、足取りがおぼつかなくて、何度もつまづきかけている。
それでも川原に向かって、歩を進めていた。
ユーグレラは駆け出した。ほとんど同時に、少女がつまずく。
ユーグレラは距離をとってしゃがみ、声をかけた。
「よかった。探したんだよ」