四章


〈アンプロセア〉は、食事をほとんどせずとも平気な種族だ。だが、体や心が弱っている時は、食事をするに限る。


「いいえ、準備しても、食べない時があります」


曇った表情の少女を、ユーグレラは優しく抱きあげた。


「さあ、一緒にご飯を食べよう。川で魚を取ってきたんだ」


少女は、無言で首を振る。


「魚は、嫌いかい?」

「……いらない。ごめんなさい」


ようやく発した謝罪の言葉に、それ以上強く言い聞かせることは出来なかった。


「そうか……わかったよ」


床にそっと降ろし、俯いたままの少女の頭を撫でようと、手を伸ばしかけたが、触れるか触れないかくらいのところで、少女は逃げてしまった。

寝台にもぐりこみ、頭から掛布をかぶってしまう。

ユーグレラは、カーラを振り返った。カーラは、呆れたように首を横にふった。


「申し訳ありませんが、わたくしには子育ては荷が重いです」

「そうなのか? 幼い頃の僕の、相手をしてくれたのに?」

「それは、ユーグレラ様が聡明であったからです。普通の子供は、感情的で、予想がつかず、癇癪を起しやすい。わたくしには、理解できない生き物です」


それを聞いたユーグレラは、思わず口の端をほころばせた。あまりにカーラの目が遠くを見ているので、面白かったのだ。

こらえきれずに噴き出してしまうと、カーラは不服そうに眉根をよせた。


「面白くも何ともないでしょうに、心外ですな」

「すまない。カーラも子どもだった時があるはずだから、その頃を思い出せば、きっと我慢できるんじゃないか?」


ところが、教育係の魔法使いは、お手上げといったふうに再び首を横にふった。

「ご存知でしょう。私は、あなた様の曽祖父が生まれるよりも前に生まれたのです。子供の頃のことは、もうすでに忘れてしまいました」


ユーグレラにも、ユーグレラ以外の誰にも確認のしようがなかったが、カーラが言うには、彼は150年程生きているのだという。


血族でもないのに〈アンプロセア〉の力を研究し続けたがため、知らぬうちに禁忌に触れた罰として、簡単に死ぬことが出来なくなったと言っているが、どこまでが本当なのかは、わからない。



ただ、彼の知識や力を、皆はかっていた。

だからこそ、変人である魔法使いが、王の子の教育係を務めることができているのだ。

見た目だけは自分より少し年上の魔法使いに、ユーグレラは言った。


「僕は、今日はここにいる。久しぶりに夕食を食べるよ。父や他の皆には、カーラのところに泊まると言ってある」


カーラは、意外なものを見たように目を瞬かせた。


「よいのですか?父上のお側にいらした方が、よいのでは?」

「いや、今は距離を置いた方がいいんだ。それに、あの子もいることだし」


ユーグレラは、暗闇に沈んでいる奥の寝室を見やった。


「……やっぱり何も、思い出していないのかい?」

「ええ、未だに名前すら、聞けておりません」

「そうか……」

ユーグレラは、カーラが何か言い募る前に、さりげなさを装って微笑んだ。

「忘れるところだったよ。まだ新鮮なうちに、焼いてしまおう」


そういうと、竈に火をくべる準備を始める。

時折、少女のいる寝台を見てみたが、こちらに背を向けて寝ているため、表情を伺うことは出来なかった。

魚をさばき、内臓を取り出し、急ごしらえで作った串に刺す。

燃え盛る火で炙り、簡単に塩をまぶした。

ユーグレラは、自分の分を口に入れる前に、少女の元へと行った。


「さあ、お食べ」


少女はちらりと、差し出された焼きたての魚を見た。

だが、香ばしい臭いに心動かされるだろうというユーグレラの目論見は、残念な結果に終わってしまった。


(……そう簡単には、いかないな。とても時間がかかるかもしれない。覚悟しなくては)


再び、横になってしまった少女の頭を、そっと撫でてやる。

くすぐったいのか、それとも放っておいてほしいのか、少女は掛布をすっぽりかぶって、そのまま身を丸めた。

ユーグレラは居間に戻り、カーラに肩をすくめてみせた。


「だめだ。信用されてないよ」
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