四章
「それを守れば、この子は助かるのですか?」
「明言はしないが、確率は上がる」
「……わかりました。この子は、僕の監視下に置きます。親を亡くした遠い親戚として、育てます」
「そうだな、それがいい。せいぜい、あがくがいい。ユーグレラよ」
父は疲れたように言うと、血まみれの剣を鞘にしまい、踵を返した。
その後ろ姿が遠くなり、やがて木々の向こうへ消え、周辺が誰の気配もないことを確認してから、ようやくユーグレラは幼子に向き直った。
年のころは、五つになるかならないか、といったところだろうか。少女は既に泣きやんでいた。
だが、決して落ち着きを取り戻したわけではなかった。魂のぬけたような顔で、少女はあらぬところを見ていた。
「おかあ、さん……おかあさん」
むなしく繰り返されるその言葉に、ユーグレラは幼子を強く抱きよせる。
頼りなく弱々しいけれど、確実にあたたかいぬくもり。
(何とかこの子を守れて、よかった)
やさしく髪をすいてやる。少女は、ユーグレラを見上げた。
「お兄ちゃん、だあれ?」
心に、ちくりと痛みをおぼえた。少女が口にしたその単語は、年の近い見知らぬ子を指している意味以上のものがないのは、わかっている。
「あとで教えるよ」
迷ったあげく、ユーグレラはそう答えた。うまく微笑めたかは、わからない。
ユーグレラは少女を抱きしめたまま立ち上がり、もと来た道を歩きはじめた。
カーラに頼んで、少女を彼の家へと連れていった。
少女は緊張がとけたのか、いつの間にか眠りこんでいた。こんこんと眠る幼な子の頬を、指の腹でそっとなでる。
カーラはある程度を察してくれたようで、問うてはこなかった。
「……カーラ、この子が僕の妹だ」
静かな断言に、教育係兼部下の魔法使いは、目をみはる。
「妹だと、思っておられるのですか?」
「ああ、この子は母上のあやまちであろうと、僕のかわいい妹だ」
「ですが、その子供のせいで、王は王妃を……」
「この子の咎じゃない。大人のせいだ」
いとおしげに少女の髪をすく主人に、カーラは眉根をよせた。
「お言葉ですが、感心しません。あなた様はいつも冷静だったのに、どうしたというのですか」
ユーグレラは首をふって笑う。それは、自嘲のたぐいの笑みだった。
「そうだ、王の子である限り、冷静でいなくてはいけない。よくわかっているよ。だから僕なりにふるまってきたつもりだ。でもねカーラ、僕だって常に冷静でいられるわけじゃ、ないんだ。冷酷になれたら楽なんだろうけれど、僕はそれを望んでいない」
ユーグレラは立ち上がり、納得してない様子のカーラを見上げた。
「この子の処遇が決まるまで、どうかかくまってやってくれ。頼む。僕もなるだけ、ここにくるから」
優秀な魔法使いは、言葉を飲み込み、従順に膝を折った。
母の葬儀は、盛大に行われた。
死因は、森に一人で入り獣に襲われ重傷を負った、ということにされた。
誰もがみな、愛する妻を失った王へ、哀悼の意と言葉を送った。
それを、眉ひとつ動かさず粛々と受け止める父の姿を見て、ユーグレラは感心を通り越し、恐ろしさすら覚えたほどだ。
(父上は、なんという役者だ……)
ユーグレラは、父のように背筋を伸ばすことはできず、終始うつむいたまま、民の視線をやり過ごした。
――だから、気づけなかったのだ。
父である王が、ある人物をことさら気にかけていたことに。
そしてそのある人物は、王に憎悪の視線を送っていたことに――
少女は、度々夢にうなされた。
今は亡き母を求め、悪夢にうなされ寝台から飛び起き、救う者がいないと悟ると、さめざめと泣く。
ユーグレラのいない時に、それ何度も繰り返したらしい。
ユーグレラは暇をなんとか作り、幾度もカーラの家へと足を運んだ。
その日も、やがて夜が訪れるころに、ようやく顔を出すことができた。
少女は、その身から気力がすべて抜けてしまったかのように、呆然と床に座り込んでいた。
カーラが言うには、昼寝の際にまた悪夢を見て、憔悴しきっているとのことだった。
「やつれているようだけど、食べているのか?」