序章


視界に入った瞬間、思考が停止し、凍りついた。

見間違えるはずもなかった。

赤い髪、青の瞳。

その容姿が、何よりも〈アンプロセア〉の民である証拠を物語っていた。


そう、彼は、王弟でありながら一族を裏切り人間の側についた、ユーグレラの叔父だったのである。

愕然としたその隙があだとなり、気がついたときは、腹に深々と剣が食い込んでいた。

どうやって逃げおおせたのか、実はあまり記憶がないのだ。

苦手な魔法を使ったような気もするし、やたらめったら剣を振り回して人間たちを切り伏せたような気もする。

過程はともかく、何とか逃げ延びたのは事実だ。

けれど、すでにスペルステスの命のともしびはあやうかった。

寒すぎて体の感覚はとうになかったのだが、とうとう目がかすみ始めたのだ。

体に重みが加わった錯覚におちいる。

もう一度、ゆるゆると、ねむりの誘惑が襲ってくる。


「いや……だ……」


やっとのことで、拒絶の言葉が出た。


「死ねるわけが……そんなわけがないだろ………」




腹に力をこめ、無理に起き上がろうとするが、痛みばかりが体を駆け巡り、いうことをきいてくれない。


「ここで、死んだら……誰も、僕を………許しては、くれ……ない……」


気力はほとんどないというのに、涙だけは次から次へとあふれてきた。

ふがいない自分が、あまりにも悔しい。


「だめ、いやだ……だめだ………ユーグレラ様に、嫌われて……しまう………それだけは………いやだ……」


ユーグレラ様は、自分のせいで死んだんだ。

それなのに、こんな自分に、あんなに大切なものをあずけた。

自分は、願いを果たさなければならない。

だから、こんなところでくたばるわけにはいかない。

どうあっても、死ぬわけにはいかない。

だから、スペルステスは、全身に力をこめた。

ぼろぼろになった体をののしり、声を振り絞って、剣を杖がわりにしてすがるように。


立った、そう思った。

それきり、意識は途絶えた。

青白い顔のスペルステスは、静かに雪の上に横たわる。

肌をさすような雪の冷たさにも、まるで反応しなかった。


だから、雪が踏みしめられる音にも、誰かがいそいで駆け寄ってくる音にも、気がつかない。
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