三章


「〈ファンティーア〉のお前なら、僕の境遇を少しはわかるだろうとは思っていたけど、そんなことを言うような奴だったのか、お前は!」


クルーヤは、痛みの残る頬をなでる。目の前の少女は、怒りと痛みのために、荒い息を吐いている。


(俺は……俺だって、スペルステス見たいに、自分を捨てようとしていたのに)


泣きそうな赤髪の〈アンプロセア〉に、自分の影を重ねてみてしまう。


(俺を非難する村の奴らには、俺を理解してくれなくてもいいと思ってた。理解できるはずもないし、何より当事者の俺自身が、俺の境遇についていけてないもんな)


だがそれでも、この村には、クルーヤを慮ってくれる者がいたのだ。

傷つき、もがいていたクルーヤに、優しい言葉をかけてくれる存在がいた。


(今のスペルステスにとって、俺のしていることは、邪魔にしかならないのかもしれない)


そう思いつつもクルーヤは、スペルステスのほうへ一歩近づいて――おもむろに、彼女を抱きしめた。


「それでも俺は、お前を、放っておけなくなった」


スペルステスが、たちまち身を固くするのがわかった。なだめるように、追い詰めないように、クルーヤは腕に力を込める。


「どうしてだろうな。俺も、立ち止まれない側のはずなのに、お前を見ていると、悲しくて仕方がないんだ」


ここまで己を窮地においやり、痛めつけ、涙を流しながら、歩み続ける少女。

己の性をつくりかえてまで、彼女が望むものはなんなのだろう。


「なあ、スペルステス。ずっとここにいるのが無理なら、いずれまた旅立ってしまうなら、もう少しだけ、ここにいろよ」


「何度言ったらわかるんだ、僕は……」


か細い抗議の声に、クルーヤは思いつめた吐息をひとつ落とした。スペルステスが、ますます身をこわばらせたのがわかる。

なだめるように、そっと後頭部に手を添えて。


「だめだ。お前のためにも、もう少し、ここにいろ。スペルステスがずっと慕っている、亡くなった奴も、理解してくれるはず……」


ふとクルーヤは、つよいめまいを覚えた。視界が反転し、立っていられなくなる。


(なんで、だ……?〈ファンティーア〉の力を、使ったわけじゃないのに?)


スペルステスを腕の中に捕えたまま、雪の上に倒れ込んでしまった。

自分の名を呼ぶ声が聞こえるが、徐々に遠くなっていく。

ものすごい速さで、体ごと、後ろへと引っ張られていく感覚。

計りしれない大きなものに引きずられる恐怖の中で、〈風〉の声が響いた。



(望ンダノハオ前ダ、クルーヤ。オ前ガ、アノ娘ト繋ガルコトヲ、望ンダカラダ)



その言葉の意味を問い返す前に、クルーヤの意識は、暗闇に包まれてしまった。
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