三章
(スペルステスが、この村からいなくなる日が来る)
つまり、自分とスペルステスが、別れなければならない日が来る。
その当たり前のことが、なぜか胸に痛かった。
それは、自分以上に過酷な運命をたどり、これから先も茨の道を歩まねばならない、彼女への慟哭なのか。
それとも、やっと出会えた仲間と思える存在を、失うのが嫌なのか。
そのどれもが正解である気がしたし、どれもが違う気がした。
動揺の波紋が広がっていく。
が、深く物思いにふける前に、リイカの拳が見事に後頭部に命中して、クルーヤは幼子を説教するはめになった。
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泊っていくようにとの誘いをどうにか断り、長老の家を辞去したクルーヤとスペルステスは、冷え込む夜の中、歩を進めた。
靴が雪を踏みしめる音だけが響き、二人の間には沈黙が横たわっている。
去り際に見た、ミリーナの後悔するような、哀しみに満ちた表情が、クルーヤはどうしても気になっていた。
たぶん、ミリーナと今の自分は、似たような思いを持っているのだろう。
この村の人間がどうあがいても、いずれスペルステスはここを去っていってしまうのだ――例え説得するのが、クルーヤであっても。
その時が来れば、いつ会えるのかはわからない。いや、もしかすると、永遠の別れになってしまうかもしれないのだ。
(こいつは、それでいいんだろうか)
そうするしか、選択肢がないのだろうか。
クルーヤが、すべての〈ファンティーア〉一族の代わりに語り部である〈エピストーリア〉とならざるを得なかったように、スペルステスにも、引き受けざるを得ないさだめがあったのだろう。
「そのために、お前はずっと、孤独でいるのか?」
心の中だけの独白のつもりだったのに、つい口をついて出てしまった。
数歩先を歩んでいたスペルステスが、立ち止まり振り返る。クルーヤは、己の吐いた疑問を、訂正しなかった。
「俺が言えたことじゃないのかもしれない。けれど、お前はそれでいいのかよ、スペルステス」
スペルステスは、笑んだ。諦めきった、すべてを悟った笑みだった。
その表情は、問いかけるクルーヤを、部外者として完全につきはなすものだった。
クルーヤの口調が、われ知らず熱くなってしまう。
「今日、村の奴らと接して、暖かいと思わなかったか? あの暖かさを、これから先も突き放して、生きていくつもりなのか? 俺はお前のつらさを、ひとかけらも理解しちゃいないけど、でもせめて、ずっと留まることができないなら、またこの村に来れば……」
「それ以上は言うな!」
絶叫が、森にこだまして消えた。スペルステスは泣いていた。
とめどなく涙は流れ続け、その白い頬に、軌跡を描いていた。
「これは、僕が受けるべき罰なんだよ。あの方は、僕のせいで命を落としてしまったのに、僕にこれを、あずけるしかなかったんだ」
スペルステスは、自分の胸元を片手でわしづかみした。それは、自分の心臓をえぐろうとしているように、クルーヤには見えた。
「僕しか役目を果たせないと、そういって亡くなった。だから僕は、あの方の願いを果たす。そのためには、僕なんかどうなっても構わない。この身が滅んでも、魂が焼き殺されても! 僕は、僕は……っ」
スペルステスは言葉を止め、腹を押さえてうめいた。回復は、まだ遠いのだ。
歩み寄り、膝を折ったクルーヤは、もどかしい思いを吐きだす。
「何度も強い言葉を自分に言い聞かせなきゃならないくらい辛いなら、そんな決意、捨てればいいだろ……」
その言葉が、スペルステスの逆鱗に触れた。
激情の任せるままに、クルーヤの頬をはたく。その目は、怒りの炎に燃え上がっている。
スペルステスの髪よりも鮮やかな、感情の炎だ。