三章


「スペルステス、もしかして食欲がないの?」


「ああ、いや、その……僕は、食べるという習慣が、あまりないから」


それは、スペルステスに限らず、〈ファンティーア〉であるクルーヤにも言える事だった。

〈アンプロセア〉や〈ファンティーア〉は、食事を定期的に摂らずとも、全く問題なく暮らせるのだ。

クルーヤもこの村へ来るまでは、もっぱら水ばかりを飲んでいて、今回のような食事にあずかれるのは、数日に一度くらいだった。

過酷な旅を続け、島中をさ迷っていたスペルステスならなおさら、胃へ食べ物を流し込む習慣などないだろう。


「あ、そうだったの……ごめんね」


クルーヤという前例があったからか、ミリーナはすんなりと納得したようだ。それでも罪悪感が混じった謝罪に、スペルステスは首をふる。


「謝ることはない。すごく、美味しかった。それに、こんなに賑やかな食事は初めてだ。ありがとう」


とりつくろったものではない、心からの本音に、ミリーナは照れ臭そうに笑む。


「ううん、私の方こそ、あの時助けてくれてありがとう。あなたには、本当に感謝しているわ」


スペルステスは、困ったように微笑んだ。

いい加減、いつまでもこの話題を出されるのが、窮屈なのかもしれない、とクルーヤは彼女の気持ちを推測して見る。

考えてみれば、スペルステスは怪我が癒えればこの村をすぐに出るつもりでいたのだ。

あまり長く滞在してしまえば、今回のように村人とのつながりが、出来てしまう。それが、嫌なのかもしれなかった。


「あ、あのね……」


ミリーナが手にしていた器を置き、気恥ずかしそうに身をよじる。スペルステスはぱちくりと目をしばたたかせた。



おや、とクルーヤはリイカを脇に二人の方へ身を乗り出した。

すねたリイカがぽかぽかとこぶしで叩いてきて、さらには背中に馬乗りになったが、それよりも二人の様子の方が気になり、クルーヤは目を凝らす。

幸い、スペルステスもミリーナも、二人の存在以外は視界に入っていないようだ。

各々が談笑に興じ、笑い、口を開けている中、二人は黙り込んで向かい合っている。


「どうした……?」


スペルステスが促すように首をかしげる。ミリーナは、なぜか泣きそうな声をしていた。


「あなたが、ずっとここにいるのは、無理なのかな?」


スペルステスが、小さく息をのむのがわかった。


あれ、こういう質問に動揺するのか、と思う一方で、クルーヤも自身の心の動きに戸惑う。

――スペルステスは、いずれこの村を出ていく。

そのことが、やっと発見した事実であるかのような気がして、そう感じてしまう理由が思い浮かばなくて、クルーヤは茫然とした。


(どうして、今さら。あいつは最初から、頑なに村を出ていくと言い張ってたじゃないか)


村を離れたがったスペルステスと、彼女を疎んでいた村人。その前提条件が崩れかけていて、ぐにゃりと歪み、落ちつかない気分にさせる。

ようやっと口を開き、スペルステスは笑んだ。


「君も見ただろう。あの人間の集団を。僕は、あいつらに追われているんだ。クルーヤみたいに、ひとつの場所に隠れ続けることはできない。これは、僕が選んだ道なんだ」


ミリーナは、ますます泣きそうな顔になった。

スペルステスの優雅な笑みも、若干ぎこちなくなっている。

そして、クルーヤは混乱し、動けないでいた。
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