三章
「でも、髪長いよね? それはどうして?」
「これは……」
スペルステスは赤毛の先をつまんで、一瞬言葉につまる。けれど、リイカに再び向き直った時は、また先ほどの笑みを浮かべていた。
「僕の大事な人が亡くなった日から、髪を切ってないんだ」
「そうなの?」
リイカは好奇心を刺激されたのか、なおも問いを重ねる。クルーヤは内心ハラハラした。
この問題は、あっさりと触れてもいいことなのだろうか。もしかしたら、スペルステスがどうしても隠し通しておきたいような、重いことなのかもしれないのに。
けれどスペルステスは、嫌な顔をせずにリイカと向かい合っている。頑なな態度に出ないのは、相手が幼い子供だからだろうか?
「あの日立てた誓いを、絶対に忘れないように。そう思って、髪をばっさり切ったんだ。それきり、切っていない。だからこんなに、伸びてしまったんだ」
「ふうん……」
リイカはそれで満足したのか、話に飽きたのかはわからないが、ふいにスペルステスの腕を引っ張った。
「ねえ、遊ぼう、遊ぼうよ~」
「ああ、でも……」
困り果てた様子のスペルステスが、クルーヤを振り返る。ポーエもスペルステスの動きに合わせて目線を動かし、クルーヤへと無言で訴えかけてきた。
クルーヤは数瞬考えた後、わざと大仰にせき込んでみせる。
「ぐ……! がはっ! ごほっ! ごほごほっ!」
「わ! クルーヤお兄ちゃん、大丈夫?」
「う、ぐ、ぐるしい。スペルステス、水くれ! 水!」
震える手を伸ばすと、スペルステスはすかさず水入れを差し出してくれた。それをいきおいよくつかみ、ごくごくと飲み下す。
喉を通る冷たさが心地よくて、ぷはあ、と息をつく。スペルステスがやや苦笑しながら、リイカを振り返った。
「すまない。僕は彼の面倒をみないといけないから。こいつには、いろいろと世話になったしな」
「ふうん、そっか……」
リイカはがっくりとうなだれた。あまりの落ち込みように、ちょっと大げさに芝居しすぎたか、と後悔したクルーヤだったが、リイカの立ち直りの速さもなかなかのものだった。
「じゃあ、クルーヤお兄ちゃんが治ったら、遊んで? 約束だよ!」
夏の太陽よりも眩しい笑みで告げると、来た時と同じように、駆け足で去っていった。
閉じられた扉を睨みつけるポーエの体を、スペルステスはあやすようになでる。
「ポーエ、だいぶ遊ばれたらしいけど、大丈夫か?」
ポーエは涙ながらに、敵地の壮絶さを語り始めた。
「クルーヤが目覚めるまでそうっとしておいてやれって言われたから、木の上でひとねむりするつもりだったのに、あいつにつかまって、逃げられなくて……スペルステス、疲れたよ~」
スペルステスの襟首にしがみつき、泣きわめく様子からして、リイカはずいぶんポーエのことが気に入ったようだった。
ただし、当の本人の意思は完全に無視しているようだが。
「あーその、悪かったな、ポーエ。俺がスペルステスを一人占めしたみたいで」
何と慰めるべきか思いつかず、冗談めかしながら詫びる。
ポーエはスペルステスの肩から飛び降りると、そのままクルーヤの肩へとよじ登った。