三章
警戒心が徐々に高まってくるちょうどその時、今度は明確な叫び声が耳に届いた。
即座にスペルステスの体は、声の発生地へと向かった。降り積もった雪に、足跡がほとんど残らないくらい、両足をすばやく動かして。
やがて人影の集団が見え、相手に気づかれぬような距離を保ち、木陰に身を隠す。
スペルステスの視界は、はっきりと向こうで何があるのかを捕えていた。
そこにいたのは、鎧を付けた人間の兵士が五人。そして彼らは、一組の姉弟を囲んでいた。
その姉弟には見覚えがあった。長老の家へ行く前に偶然見た、自分を指差していた少年と、それをたしなめていた少女だ。
脅えた表情を浮かべる少女。弟は姉の服をつかんでしがみつき、姉は弟を自分の後ろへかばう。
五人の男たちは、二人をじりじりと囲みおいつめる。少女の背が木の幹に当たって、動きが止まった。
スペルステスには視認できなかったが、こちらへ背を向けている男が一人、嗤い声を上げた。
それは短いものだったが、スペルステスの理性を消し飛ばせるには十分な響きを持っていた。
その男たちが、何をしようとしているのか――怒り、おぞましさ、燃え上がるような衝動。
スペルステスは、数瞬で自分の取るべき行動を計算し、地面にかがみこんだ。
男たちが、少女と少年をひきはがそうと手を伸ばした――その時だった。
『ぐわあっ!!』
一人の背中に雪玉が炸裂して、彼はもんどり打って倒れる。兵士たちは、一斉に辺りを見渡した。
『どこだ!』
『誰だ? 探しているあの残党か?』
『気をつけろ! 気を抜くなよ!』
そこへまた、雪玉が飛んできて立っている男の顔に直撃する。さっきとは正反対の方角から投げられた雪玉に、男たちは絶句した。
『一人じゃ、ないのか?』
そう叫んだ、その直後。
三人のスペルステスが、木の影から現れた。
『で、出たな!』
皆が一斉に得物を構え、臨戦態勢に入る。
その様子を、三人のスペルステスは鼻で笑い――しかもそれは、一挙一動がまるで同じだった――雪玉を軽々と掲げて、男たちへ投げつけた。
三つの雪玉は、さらに分裂して、六つになり、九つになり。
男たちは、一瞬雪玉で視界を奪われ、目を白黒させる。
『いた、あそこだ。追え!』
一人が、遠くであざけりの笑みを浮かべているスペルステスを指差し、近くにいた仲間と共に駆けだした。
『待て、あっちが本物じゃないか?』
別の男が、木に寄りかかっておおあくびをしているスペルステスを指差す。
『まて、落ちつけ。奴は妙な幻術を使うんだ。騙されるな』
そういった男は、剣を構え直して周囲をねめつけ――背後の気配に気付いたとたん、気を失って倒れた。
「大丈夫か?」
スペルステスは体を反転させ、何が起こったかうまく飲み込めていない姉弟へと話かける。
兵士全員を、この場から遠ざけたか気絶させたかして、二人の危機を救ったスペルステスは、返事を待つのもそこそこに、風のように村へと逃げ帰ってきた。
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「まあ、こういうわけだ」
語り終えたスペルステスは、一拍置いてまた口を開く。