三章
長老たちとの会話は、実に簡素に終わった。
『僕のせいでご迷惑をおかけしました。明日にはここを立ちますので、もうご心配なさることはありません。恩を仇で返すような真似をしてしまい、本当に申し訳ありませんでした』
膝をつき頭をたれ、再び頭をあげる。長老以下、村の重鎮たちは、スペルステスの姿を目の当たりにし、何やら思うところがあることを隠そうともしない。
慣れた視線だ。〈アンプロセア〉の血を引き、赤い髪と青い瞳を有する者に対する、他の一族の複雑な思い。
美しく、気高く、それなのに滅んでしまった血族――禍としかならない、存在。
『クルーヤに礼を言えないのが心残りですが、僕は早々にこの村を立ち去ります。それでは、短い間ですが、お世話になりました』
辞去しようとした時、一人の男が立ちあがった。ゼアだった。
『クルーヤは、君は深手を負っているから動かせない。だから追い出すのは断固として反対すると、そう言っていたが、本当に大丈夫なのか?』
スペルステスは悟られないように目を見張った。村の打算よりも、今や忌むべき存在となってしまった〈碧き瞳〉の種族の心配をするなど、よっぽどの酔狂か、よっぽどのお人よしだ。
『ええ、平気です。クルーヤは僕の実力をしらないんです。僕は、死の淵からでもよみがえれます。何せ、僕の一族は、境を超える方法を知っているのですから……』
言葉を切り、意味ありげに口だけで微笑む。男が押し黙ったのを確認し、スペルステスはまた頭を下げた。
「そりゃあ、ゼアも心配するだろうな。俺、あれだけスペルステスの傷のひどさを強調したんだし、それに、いざというときは、俺の……」
「どうした? いきなりだまりこんで?」
「い、いや、何でもない。話を中断して悪かった。続けてくれ」
長老の家を辞し、ネイファと二人戻る間、スペルステスは無言をつらぬいた。
扉を開け、暖房の効いた部屋へ入り、ふうとため息をつく。
未だクルーヤが目覚める様子はなく、彼の瞼は緩く閉じられていた。
うなされているのか、口を開いたり閉じたりしているのだが、か細い叫びを聞きとることはできない。
彼を心配そうに見守るネイファと、彼の胸の上に腰をおろすポーエを見ていると、自分がどうしようもなく冷たい心の持ち主だと思えてきた。
傷を負い、倒れていた自分を拾ってくれたクルーヤに、何も言えないまま出ていくのが心苦しい。
しかし、とどまることはできないのだから、それを悔いても仕方がないのだ。
(こいつは、僕が決してどこにも根を下ろせないと、わかってくれるだろうな)
スペルステスはふと、外へ出たい衝動にかられた。この部屋に、これ以上無言でいるのは難しい。
ネイファとポーエに悟られないよう、足音をしのばせて扉を開ける。再び、静謐な冬の香りがスペルステスを包み込んだ。
踏み出すと、つぶれる雪の音が耳に心地よい。口から出る息は白く、意識が冴えわたってくる。
さくさく、と雪を踏みしめ、ふとスペルステスは周囲に首をめぐらせた。
ネイファの家からそう遠くないところに、いくつもの家がかたまって建てられている。そこの住人と思われるマムダ族の人々が、スペルステスからさっと視線を外した。
慣れたはずの光景なのに、妙に心がもやもやするのが不思議だった。
そのままスペルステスはずんずんと歩を進めた。まるで、何かから逃げるように。
村の中心の広場を通り抜け(この時も好奇等がないまぜになった視線を向けられた)、森の中へと入り込んだ。
緑の葉を残したまま冬を過ごす樹木が屹立する中を、さくさくと雪を踏みしめて――
そこで、耳がかすかな音をとらえた。
獣が動いた音ではない。雪の重みで枝がしなった音でもない。これは、誰かの悲鳴だ。