三章
「もちろん、そのつもりだ――」
即答された答えに、異議を唱えようとした。
「の、はずだったんだけどな……」
困ったようにため息をつくスペルステス。クルーヤは目をしばたたいた。
「長老から、もう少しこの村にとどまっていけ――むしろ、絶対にとどまれ、と言われてしまった」
「へえー、そうなのか……はあ?!」
数拍遅れて話を飲みこんだクルーヤは、大声を出してしまった。
「な、なんでそこで長老が出てくるんだよ!?」
そうだ、そこはおかしい。ついこの間(クルーヤの感覚でははほんの二、三日前だが、実際は十日以上経っている)、長老や村の重鎮たちを、スペルステスを追い出さないように説得したばかりだが、今さらになって、一体どこでどうなって、そんな風な意見が出てきたのだろうか。
人間たちがスペルステスを探索しにやってきたから、やはりとっとと立ち去れ、というのなら理解できる。
「まあ、話は単純なんだが――長老の孫を助けた、それだけだ」
そういうとスペルステスは、クルーヤの手から空になった椀を受け取って、話を始めた。
*******
スペルステスが目覚めたのは、クルーヤが目覚める七日前だ。
寝台から勢いよく身を起こしたスペルステスは、目に映るものが暖かい暖炉の火とネイファであったことを実感したとたん、再び眠りたい衝動に駆られた。
気を失っていた時、何を見たのか。思い出せるようで思い出せなくて、思い出したいようで思い出したくなかった。
絶対的な暗闇の中で、あがいてもあがいても救われなかった――そんな感覚だけが妙に生生しく残っていて、背中が薄らさむかった。
「ネイファはいろいろ話しかけてくれた。腹は減ってないか、とか、寒くないか暑くないか、とか、とにかくいろいろだ。話かけ続けないと、僕がまた気を失って目ざめなくなると思いこんでるんじゃないか、ってくらいだったな」
ネイファがそれだけ、あれやこれやと自分を気にかけた理由のひとつは、クルーヤが目ざめなかったせいではないかと思う。
青ざめた顔で滾々と眠るままの養い子を見守り続けるのは、ネイファにはずいぶんきつかったかもしれない。
「クルーヤ、言っておくけれど、これはあくまで僕の観察の結果の感想だ。実際は、ネイファがあの時どう思っていたのか、聞いたわけじゃないからな――たぶん、心配かけてごめん、なんて罪悪感たっぷりの表情で謝ったら、ネイファは怒るだろうから、それはやめておけ」
スペルステスが寝台から身を起こし、外に出れるようになるまで、二日かかった。
正直に言うと、体はまだまだ本調子とは言えなかったが、スペルステスは無理やり体を動かした。
それは、村の長老たちに会うためだった。
自分のせいで迷惑をかけたことに対する詫びと、すぐにこの村を後にする旨を伝えるため、スペルステスはネイファを説得した。
ネイファは、『なんて頑固な患者なんだい!』と言いながらも、結局はスペルステスの意志を組んで、長老たちと会えるように取り計らってくれた。
おそらくネイファも、これ以上スペルステスの面倒を見るのはいろいろ難しい、と判断したのだろう。
ネイファは悔しさと情けなさを顔に滲ませていたが、賢明な判断だ、とスペルステスは心の中で言い、そっと感謝した。
目が覚めてから三日目、スペルステスはネイファと共に、長老の家へと向かった。
道中、幼い少年がこちらを物珍しそうに見て指差し、彼の姉らしき少女がそれをたしなめているのを目撃した。ネイファの説明によれば、あの二人は長老の孫らしかった。
スペルステスをひそかにかくまったはずなのに、あそこにいるリイカのせいで話がややこしくなったんだよ、と彼女はぼやいた。