三章
「スペルステス……無事なのか? 熱は、痛みは?」
問いを問いで返すと、スペルステスはほっと息をはいた。
「寝言じゃないな、起きてる。僕は大丈夫だ。もう、傷もだいぶ治ってきた」
嘘を言っているようにはみえない。クルーヤはひそかに胸をなでおろす。
首をめぐらすと、いつもとかわらない、ネイファの診察室の光景が目に入る。クルーヤは患者用の寝台に横たえられていた。
ネイファは今、不在のようだ。起き上がらずに首や肩を回してほぐしながら、スペルステスに問いかける。
「俺、どれくらい寝ていたんだ?」
「そうだな……ざっと、十日くらいか」
「と、十日だって?!」
驚いた拍子に起き上がろうとし、また体の節々が痛んで寝台に倒れ込む羽目になった。
「いてて……」
「無理するな。ゆっくりしていろ」
自分より怪我がひどかったはずのスペルステスにまで、介抱されるありさまだ。だがこれは、彼女は元気になっているという証拠なのだから、喜ぶべきことなのだろう。
(ああー、俺、弱っちいなあ。力の制御なんて、一体いつできるんだ……)
背中に手を回され、そっと横たえられる。
その時のスペルステスの手の感触に覚えがある気がしたが、あまりに漠然とした感覚だったから、それ以上気にとめることはなかった。
「僕が目ざめたときには、お前はまだ白い顔をして寝ていたぞ。ネイファは気丈に振舞っていたが、とても心配していた」
自分が無理なく起きれるようになり、歩けるようになっても、クルーヤはずっと眠ったままで、目に見えてネイファは冷静さを失っていった、とスペルステスは付け加える。
「俺、そんなに寝込んでたんだ……」
頭に手をやり、間の抜けた声で言う。それだけの長い間目ざめなかったなんて、何とも現実感がわかない。
「まあ僕も、三日くらい寝込んでいたらしいんだが」
「まじかよ……」
二人揃って、さんざんネイファに迷惑と心配をかけたようだ。後で、ちゃんと謝っておかねばならないだろう。
スペルステスが、薬湯の入った椀を差し出してくる。
手にとって湯気の香りをかいでみたら、案の定鼻が曲がりそうな匂いだった。薬草の苦みが凝縮されたようなそれを、やっとの思いで飲み干す。
ぜえはあと荒い息を吐くクルーヤへ、スペルテスはさらに温めた乳を差し出した。
「甘く味付けしてある。飲め」
「ああ、悪い」
喉を通り過ぎる甘さと温かさが心地よくて、今度はほうっと安堵の息が出た。スペルステスは思わず噴き出す。
「反応が違いすぎるぞ」
「んなこと言ったって、おばばの飲み薬は強力だからな。まあ、効き目はすごいけど」
そこでふと、会話が途切れてしまった。薪のはぜる音が、隣の部屋から聞こえる。
唐突に降り立った沈黙を切るように、クルーヤはあわてて言った。
「もう、この村を出ていくのか?」
本当は、他にも聞きたいことはあった。うなされた眠りの中で見た、スペルステスの異様な言動。
そして、彼女が憎々しげに呪いの言葉を吐いた、あの赤髪の男。
確か、〈アンプロセア〉一族の王弟――つまり、〈アンプロセア〉直系だと、言っていたような気がする。
スペルステスが数度その名をつぶやいている、ユーグレラという人物の、親戚なのだろうか。
結局どこまで踏み込んでいいのか見当がつかないので、そこそこ無難な問いかけをするしかなかった。