三章
「好きにしたいんだろ、僕を」
濡れそぼった髪をかきあげ、スペルステスは白い肌を見せつけた。クルーヤは動揺のあまり氷のごとく固まるしかなかった。
彼女の温かい吐息が、耳や頬をくすぐっていく。
「クルーヤ、手を伸ばしたいなら伸ばせばいい。僕は逃げないから……。僕はわかっている。男は、女をそういうものだとしか思ってないだろう?」
ひたすら逃げ口上を考えていたクルーヤは、ふとスペルステスの言葉尻が気になって、笑み続ける少女を見た。
スペルステスは、感情の映らない青く美しい瞳をし、唇にだけは艶を浮かべ、クルーヤを見上げる。
首が傾いだ衝撃で、雫が赤い髪からぽたぽたと垂れた。
「女はこうするしかないんだ。女は男より弱いし、成長すれば剣で互角に切り合うこともできなくなる。
私は、自分の身さえ守ることができなかった。あきらめていればよかったんだ、最初から。誰かを守ろうなんて、思わなければよかった」
「スペルステス……?」
何か様子がおかしい。スペルステスは悲しみで胸がえぐれたような、ひどく傷ついた表情をしているのに、薄い唇はますます艶をおびてきているのだ。
「守りたいなんて思いあがらずに、最初から受け入れていればよかったんだ。でも、どうしてもできなかった。
僕は、男として生まれていたかった。男として、生まれていれば……」
つと、スペルステスの青い瞳から透明な涙がこぼれおちる。それすら、少女の美しさをひきたてた。
「でも僕は、どうしようもなく女なんだ。こればっかりは、何をどうしても変えられない。生と死が決して入れ替わらないように」
逃げ出さないクルーヤを追い詰めるように、スペルステスは近づいてくる。四本足の獣のように、地に手をつきながら。
「クルーヤ、僕は女だから、お前を受け入れる。お前の思うようにすればいい。僕は、お前に従う……」
スペルステスの小さな吐息が、自分の唇の上に重なりそうになった時。
クルーヤは両手を突き出し、スペルステスの肩を掴んで、彼女を引き剥がした。
そしてその直後、少女を胸の内に強く強く、抱きしめる。
やわらかく、それでいてか弱い肢体が身を固くするのを感じ、クルーヤはますますやるせない気持ちになった。
「ごめん。もしかしたら俺、スペルステスの隠していたい部分を、見てしまったのかもしれない……」
これ以上、心の領域に踏み込むことは、許されない。
けれどせめて、癒えない傷にふれてしまった代償として、少しでも冷たい体をあたためてやりたかった。
「お前、どれだけ水につかってたんだ……どうしてこんなにも、体が冷たいんだよ?」
スペルステスはそれには答えず、何がおこっているのかわかっていないような、ぼんやりとした表情を瞳に浮かべていた。
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目が覚めて、まず身を動かそうとしたら、自然と声が漏れた。
「いってえ……」
体の節々が凝り固まっていて、また寝台へ力なく横たわる羽目になる。
「起きた、のか……?」
確認するようにスペルステスが覗き込んできて、一瞬ギクリとなる。
目の前のスペルステスは、当たり前と言えば当たり前だが、服を身にまとっていた。