三章
〈エピストーリア〉たちの記憶は、クルーヤにむかって歩み寄る。一歩ずつ、少しずつ、逃げるのは許さないとでもいうように、クルーヤをじわじわと追いつめて。
――なぜ死ななければならなかったのか。
――なぜあのような苦痛を受けなければならなかったのか。
――死にたくなかったのに。
――生きたかったのに。
――愛する者を残したままで命を落としてしまったのが悔しくてならない。
――なぜ、私たちは死に、お前が生きているのだろうか。
『どうして、私たちは死んで』
『お前は、生きながらえているのだ』
「いやだ、いやだ! やめろおおおおおおおおお!!!」
その疑問は、どんな言葉よりもクルーヤの心に深く突き刺さった。
立ち上がり、慟哭しながら死した語り部たちの間を通り抜ける。誰もが、クルーヤを恨めしげな目で見送った。
――私たちの代わりに記憶と歴史を肩代わりした者よ。
――忘れるな、この恨みを、この悲しみを。
――お前は、目を閉じてはいけない。目に焼き付けるのだ。
「ふざけるな、もう、たくさんだ!」
自分の家族を失った記憶さえつらいのに。
この上、自分に何を背負えというのだろう。
けれどクルーヤは、〈ファンティーア〉の血をひいている限り、この因果から逃れることはできないのだ。
どれくらい、時間が経っただろうか。
なおも降り注ぐ呪詛の雨を、頭を抱えてやり過ごすうちに、彼らはどこかへ行ってしまったようだ。
代わりに、生い茂る木々と冷泉が眼前に広がっていた。身を起こすと、波紋が自分の側から泉の中央へ向かってゆるやかに伝っていく。
クルーヤは、自分に背を向けて沐浴している人影を見つけ、あっと声をあげた。
背中を覆う長い赤髪。雫がつたう白い肌。
「スペルス、テス……?」
見てはいけないと思ったのに、その輝きから目をそらすことができない。
白い肩がぴくりとはね、その人物は、クルーヤの方を振り返った。やはり、スペルステスだった。
「お前、どうしてここに?」
クルーヤの問いに、スペルステスは沈黙を通した。彼女は、無感動な美貌をたたえたまま、こちらへと近づいてくる。
「へ? わっ! お、おい!」
一糸まとわぬ少女がどんどん迫ってきて、クルーヤは大いに動揺した。あわてて腰で後ずさるが、背に樹の幹があたってしまう。
「クルーヤ?」
名を呼ばれ顔をあげると、両頬を冷たい手で包み込まれた。
スペルステスは、青い瞳を甘くやわらげる。
「つらいのか、クルーヤ。お前も、背負いたくないのに、背負うしかなかったんだな」
そのまま、スペルステスの胸にぎゅうっと抱きこまれ、クルーヤは変な悲鳴をあげざるを得なかった。
「おいっ!む、胸が、当たって、わ、わわわ……」
水に濡れた冷たくやわらかい感触に戸惑っていると、スペルステスはおかしそうに笑む。
「お前、本当はさわりたいくせに」
とんでもないことを言われた気がして、クルーヤはのけぞった。
「な、なな!! 何てこと言うんだっ!?」
顔が真っ赤になったり真っ青になったりと忙しいクルーヤを、スペルステスは女の目で見つめる。
つややかな唇が、クルーヤの額に押しあてられる。