三章
溺れるような高熱が全身を苛む。視界がはっきりしないなか、自身の息使いだけがかろうじて聞こえる。
クルーヤは手を伸ばした。水が欲しい。喉も舌も乾いてしょうがなかった。
けれど体が動かせない。どうすれば、この渇きを癒せるのだろうか。
と、伸ばした指の先に、誰かが触れた。
最初、そばにネイファがいるのかと思ったが、その凍るような冷たさや皮膚のなめらかさは、彼女のものではなかった。
(そういえば、スペルステス……大丈夫なのか)
腹の傷にさいなまれ、倒れてしまった彼女は今どうしているのだろう。自分の〈歌〉で、少しでも楽になっていればいいのだが。
背中に腕を回され、上体を起こされる。誰だ、と問う前に、その人物はクルーヤの頬を両手で包み込んだ。
口の中へ水が流れ込んできたのは、そのすぐ後だ。心地よい潤いが喉を流れてゆく。クルーヤはそれにすがった。
それから幾度も、クルーヤの口に直接水が運ばれてきた。その度に、クルーヤは渇きを癒そうとして水を貪る。
あまりに夢中になっていたものだから――水を飲むたび、自分の唇に触れてくるやわらかいものが何なのか、クルーヤは最後まで気に留めることはなかった。
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真っ暗な空間で、一人取り残された状態なのに、頭の中では大勢の声がこだましている。
それは、遠い先祖が語り継いできた島の歴史であり、記憶であり、主観的な記録と感情だ。
これを語り継ぐ役目を背負わされてきた〈ファンティーア〉は、今や滅び去ってしまった。
何十人もの〈ファンティーア〉が、役割分担して覚えていたことを、クルーヤは一人で背負わされる羽目になってしまった。
今世話になっている村にたどり着く前から、知らないはずなのに知っていることが増えていった。
記憶の引き出しとして存在していた何人もの〈ファンティーア〉一族が次々死んでいったが故に起きた現象だ。
その意味を悟った時、クルーヤは震えた。このままでは、いつかは自分も冥府へ下るのではないのだろうか。そんなこと、全然望んでいないのに。
だがクルーヤは、今日までどうにかして生きている。
そして生きているが故に、クルーヤは死者の声を聞かなければならない。
運命に見捨てられ命を落とした同胞たちは、クルーヤに恨み事をぶつける。
〈ファンティーア〉一族は、『語りと記憶を強いられし種族』とも言われるのだが、その表現はあまりにも的を得ていて、〈エピストーリア〉と呼ばれる語り部となった〈ファンティーア〉の記憶は、次代の語り部へと受け継がれるのだ。
語り部の記憶――特に、怒りや悲しみなどの強い感情は、次代の語り部に伝わりやすい。
命を落とした〈ファンティーア〉の〈エピストーリア〉たちの激情が、クルーヤの心をむしばむ。
聞きたくないのに、聞かなければならない。屈辱と怒りの歴史。
人間たちの剣で命を奪われた者、なぶられたあげく殺された者、逃げる最中に大けがをして運悪く命を落とした者。
彼らはクルーヤを睨みつけていた。呪詛をぶつける相手が欲しいのだ。
うずまく怨嗟はあまりにも重く、クルーヤは息の根を止められるのではないかと思った。
「いやだ、聞きたくない……やめてくれ!」
耳を押さえ、小さくうずくまっても、こだまが止むことはなかった。