二章
彼らは、クルーヤとスペルステスが現在村を出払っていることを、知らない。もの言いたげな視線を送ってくるのは、仕方のないことだ。
ネイファのほうも、二人は村の外に出ているので、当面心配はいらないと伝えたいのだが、人間たちがたくさんいる手前、それも難しい。
ネイファはさりげなく平静をよそおうが、心の中は養い子と赤髪の患者のことで、いっぱいだった。
気づいてくれれば、うまく隠れるか、逃げるか、そこは臨機応変にうまくやってくれるだろう。
しかし、もしも気がつかなかったら――ネイファは頭に浮かんだ最悪の考えを、力ずくでひねりつぶした。
(いや、大丈夫だ。クルーヤを信じよう)
共に、つらい境遇を生き抜いた二人なのだ。
ここで逃げ切らなければ、また二人は奈落へと真っ逆さまに落ちていってしまう。そんな目にだけは、あってほしくはない。
(大丈夫だ。二人は、無事に逃げなきゃいけないんだ)
拳を握りしめたネイファへ、不安げな顔のミリーナが無言で近づいてくる。
彼女は胸の前で手を握り合わせ、それからネイファの手を突然握った。ほとんど泣きだしそうな顔の少女を、ネイファは励ますように手を握り返す。
力強くうなずくと、ミリーナは茫然と目を見開き、それから涙をぬぐった。
「ごめん、なさい……ネイファさん」
「あんたが謝ることは、ないさ」
「でも、私よりあなたの方が、心配しているはずです」
「なあに、大丈夫さ。やわな子に育てた覚えはないし、そもそもやわな奴じゃないからね」
笑ってみせると、ミリーナもまた、涙をぬぐいながら笑い返す。
それからミリーナは引き返し、いとこのエランの隣へと戻った。これで、孫の口から長老へ伝わるだろう。ネイファは少しだけ、胸をなで下ろす。
『次はこの家を調べさせてもらおう』
齢三十ほどの人間が、ネイファの家へ踏む込もうとする。その青年の背へ、彼女は声をかけた。
「待つんだよ。医者の家を素人が勝手に荒らすんじゃないよ」
そういって、ずかずかと歩み寄ってきたネイファを、青年はうっとおしそうにねめつける。
『我々は逃亡者を探しているんだ。協力すればそれでいい。邪魔をするな』
「あ? 何を言ってるんだい? 私はあんたらの言葉はわからないんだ。ちゃんとこの島の言葉で言ってもらわないとねえ」
村の者たちがハラハラしていることに気がつかず、ネイファは拳を振り上げて力説する。
青年が、ネイファの訴えを完全無視して、彼女の家の扉に手をかけたとき。
『…そのご婦人は、この村の医者だそうだ。だから勝手に家の中を詮索されるのが嫌らしい』
背後から響いた低い声。次いでその持ち主が、青年の側へと歩み寄る。
その姿が視界に入り、ネイファはしわの中に埋もれた目を、めいいっぱい見開いた。
肩まで伸びる、波がかった赤い髪。凍てついた水面のように、深い青の瞳。
あきらかに〈アンプロセア〉一族の容姿をしているその人物は、人間たちの言葉を流暢にあやつり、青年に話しかける。
二言三言言葉をかわすと、〈アンプロセア〉の青年はネイファへと向き直った。
「あなたに同伴していただいたうえで、家の探索をさせていただけますか? どうか、ご協力お願いいたします」