二章
(ヨカッタ。私ノ大事ナ〈エピストーリア〉ト、ソノ友ヲ救ッテイタダキ、心カラ感謝スル)
〈風〉も、巨木に向かって頭を垂れているようだ。ということは、この木はこの森の重鎮なのかもしれない。
「おい、〈風〉、あの集団は人間なのか?」
クルーヤの詰問に、〈風〉は困ったように返事をする。
(何度モオ前ニ呼ビカケタノダガ、聞コエテイナカッタヨウダナ。ソウダ、アレハ、オ前ガ腕ニ抱エテイルソノ赤髪ノ者ヲ、探シニ来タノダ)
(そうか……ということは)
あの人間たちは、スペルステスの追手のようだ。
〈風〉の声をすぐに聞き取れなかった自分が、憎らしい。気づいていれば、遠くまで逃げることができたものを。
(いや、でもスペルステスがこんな状態じゃ、どっちみち村からはあまり離れられないか……)
クルーヤは、村の方を睨んだ。人間には、早く去ってほしい。そして、ネイファにスペルステスの手当てをしてもらわなければ。
「……うっ」
「しっかりしろ! もう少しだから……」
熱でうなされるスペルステスを抱きとめる腕に、力をこめる。
額に浮かんだ汗を、手のひらでぬぐってやることしかできない。それがひどくいらただしくて、もどかしい。
うわごとを繰り返すスペルステスを、よりいっそう抱きしめる。形のよい唇が、空気を求めてあえいだ。
呼吸音が間近で響いたせいで、クルーヤの心音が高く跳ねる。
(って、こんな時に、俺……)
勝手に頬が赤くなったが、それも一瞬のことだった。
ふと顔をあげると、人間の集団の一員であろう人物が、クルーヤたちを値踏みするような目つきで見下ろしていた。
もちろん、相手はこちらの存在に気づいているはずはない。外からは、この巨木は何の変哲もない普通の木にしか見えないはずなのだ。
なのに、相手は何かを察しているのか、木の前に立ち尽くしたままで動こうとしない。
「え……?」
が、それよりもクルーヤを驚かせたのは、相手の容姿だった。
「ど、どういうことだよ?」
髭は顎の下に短く、みっしりと生え、髪は伸ばし放題のせいか、肩にかかるくらいの長さになっている。
身にまとっている鎧は、クルーヤにも見覚えがある。
それは小さいころ、何度も見かけた、人間たちの鎧だ。
しかし、その人物の容姿は――髪は美しい赤色で、瞳は、青色。
それは、まぎれもない〈碧き瞳〉の容姿であり、どこからどう見ても、彼が〈アンプロセア〉の血をひくものであると、訴えかけていた。
「人間に滅ぼされた〈アンプロセア〉が、どうして人間の味方になってるんだ……?」
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(クルーヤは、この事態に気づいているのかねえ……)
村の中心にある開けた広場には、無数の見なれない人だかり。皆、鎧をまとい、武器を持った人間たちだ。
ゆるやかな時間が流れているマムダ族の村は、突然の闖入者によっていっきに緊迫した雰囲気となる。
村の数名の者たちは、なぜ人間たちがこの村に来たのかを、すぐに悟った。
そのうえで、広場に堂々と立つネイファを、そっと窺う。