二章


スペルステスをなんとか抱きかかえながら歩いている最中に、クルーヤはあることに気がついた。

そういえば、あの、スペルステスの裸体を目撃してしまった夜。彼女の体には、傷がひとつもなかったはずなのだ。

いろんな衝撃のせいで、それを今の今まで忘れていた。

けれど、その翌日――つまり今朝だが、ネイファが一人でスペルステスの包帯を変えている時、ネイファは何も奇怪なことを訴えていないのだ(傷のなおりがはやすぎる、とは言っていたが)。

それはつまり、スペルステスの体に特に異変がなかったということで。

そして今、彼女の腹にははっきりと傷があり、しかも発熱している、ときた。
あれは、自分の見間違いだったのだろうか。クルーヤは首をかしげる。

もしかしたら、男の体になっている時と、女の体になっている時とで、差があるのだろうか、などと仮説を立てては見たものの、実際はスペルステスに聞いてみないとわからない。

そして今は、それに意識を集中させている場合ではない。

雪に足を取られまいと、なんとか踏ん張って歩を進める。

疲労で息はあがり、あやうくスペルステスの体を放しそうになってしまいそうになったのも、一度や二度ではなかった。

そのたびにクルーヤは、痛みと熱にうなされる彼女をしっかりとかき抱いた。

今手放してしまえば、また後悔してしまう。そんな切迫した感情が、クルーヤを後押しする。


「頑張れよ。すぐに、おばばのところへ連れて行ってやるからな……」


焦点のあわない瞳を、空中へさ迷わせているスペルステスへ、クルーヤは必死に呼びかけた。

と、その時だ。

村の入り口が見えてきたとたん、見覚えのない人影がいくつもあって――それが、武装した人間たちの集団だと気がつくのと、〈風〉の声が聞こえたのは、ほとんど同時だった。


(隠レルノダ! 「語リト記憶ヲ強イラレシ種族」ノ生キ残リヨ!)


鎧をまとった人影が、こちらを振り向く!


(まずい! ここで見つかったら……!)


その後は、ほとんど本能的にクルーヤは動いた。側にあった、樹齢をよく重ねたと思われる巨木の中へ身を投げ出したのと僅差で、人影が完全にこちらを向く。


(ばれなかったか……?)


身を起して息をするのにも、ありえないほどの緊張を要した。

クルーヤがとっさに身を隠したのは、薄暗い巨木の中だ。

しかし、木のウロの中、というわけではない。いわば、その木の精神の中、心の中といったところだ。

なので外からは、クルーヤとスペルステスの姿は確認のしようがない。つまり、ある意味でもっとも安全な隠れ家なのだ。


「いきなりすみません。助けてくれてありがとう」


巨木に向かい小声で礼を言うと、好意的に頷き返してくれる気配がした。
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