二章
「よく考えたら、僕は〈アンプロセア〉なのに助けてもらったんだ。なら、長老に世話になった礼を述べてから出ていく方がいいだろう」
「っておい! べ、別にいいだろそういう礼儀とかはさ!」
クルーヤはあせっている――思った通りだ。
スペルステスはふと、とても簡単な事実に思い当たったのだ。
自分は〈アンプロセア〉の生き残りであり、しかも人間から追われている身だ。
そんなやっかいな存在を、どうしてネイファとクルーヤが看病できたのか、それを考えるべきだったのだ。
もし自分をかくまっていたことがわかれば、人間たちがどんな反応をするのかわからない。
人間は、はむかう島の住人には徹底抗戦で迎え撃つが、従順な者たちには寛容な措置をとっている。それが、スペルステスの存在のせいでひっくりかえってしまう可能性は大いにありうる。
なのになぜ、そういう危険を承知で、自分は治療を受けれたのか――考えられる可能性は二つなのだ。
ひとつは、自分をかくまっていることを、長老などの村を取り仕切る者たちが全く知らない可能性。そしてもうひとつは、ネイファかクルーヤのどちらかが、ごり押しで説得した可能性。
(長老たちが耳をかしそうなのはもちろんネイファのほうだな。けどこいつも頑固だから、説得には一役買ってそうだな)
などと冷静に考えつつ、クルーヤが必死でまくし立てている言葉を平然と受け流した。
「いやだから、それはちょっとまずいんだって! ていうかお前、長老たちに『もう治ったから出ていってもらって構わないんだな』っていう意識を植え付けるのが目的なんだろそうなんだろ! そうはいかないからな……って俺の話を聞けよおおおおおおおお!!」
「そんなに大声をあげなくても、十分聞こえている。話の内容は頭に入ってないけどな」
「何だよそれ!……あのなあ、スペルステス、今気がついたことがあるんだけど……」
前を見たまま、聞き返した。
「何だ?」
「お前、だんだん歩くのが遅くなってないか……」
一瞬、どきりとした。動揺を隠すことには成功したようだが、ますます腹の痛みを意識してしまう。
「お前の気のせいだろ。雪の上だから、歩きにくいだけだ」
「本当か……?」
なおも疑わしそうにこちらを見てくるクルーヤを無視し、スペルステスは黙々と歩を進める――はずだった。
クルーヤが、自分の腰に強制的に腕をまわしてくるまでは。
「なっ……!! 何をするんだ! 離せ!」
四肢をよじって逃れようとするが、思いのほか、力が強い。それに、腹の痛みが気になってあまり強気に出られない。
スペルステスは、身をこわばらせた。クルーヤがいきなり触診したあたりに、激痛が走ったからだ。
「おい、傷口が発熱してるぞ。まずいじゃないか。こんな状態なのによく歩けたな」
「……っ!!」