二章

くるぶしまで積もった雪を、さくさくと踏みしめる。

足跡はひとつもなく、それが、ここしばらくはここを誰も通ってないことの証明になっていた。

人間たちがどの方向にいるのかは不明だが、すぐ近くにいるとは考えなくてもいいだろう。


スペルステスはしばらく歩を進めていたが、唐突に立ち止まった。

あたりを見回し、斜め後ろに立つ巨木に目をとめ、じっと凝視する。


「ついてくるな。お前には関係ない」


しん、と静寂が満ちる。

スペルステスはおもむろに雪玉を何個もつくると、立て続けにそれを巨木の幹にむかって投げつけた。


一投目ですでに、鈍い音を立てて幹が丸く陥没する。単なる雪玉を投げているのではなかった。

五つ投げた時点で、木の幹に隠れている誰かが硬直しているのが何となくわかった。


「次は頭を狙うぞ?」


そう言った数秒後、クルーヤがまろぶようにして幹の裏から出てきた。すでに次を投げる態勢に入っていたスペルステスを見るや否や、大声で叫ぶ。


「やめろおー! 俺はまだくたばるのはいやだあー!」


「……」


スペルステスはクルーヤの懇願を無視し、雪玉を投げつけた。それは過たずクルーヤの顔を直撃し、彼はまた別の意味で叫ぶ。


「うわっ! 冷てー!!」


口の中に入った雪をぺっと吐き捨てる。

クルーヤはぶつぶつと文句を言いながら、それでもスペルステスの方へ近づいてきた。


「おい、帰るぞ? まだ治療は終わってないんだからな」


「僕は治癒魔法も少しなら使える。別にお前に心配される筋合いはない」


さらりと言い返すが、クルーヤはそれでへこたれるような男ではなかった。


「だめだ。さっきあまりうまく使えないって言ってたくせに。それに、魔法を使ったら体に負担がかかるんだろ? おばばがそう言ってた。なら休んで、傷をいやさなきゃ、な?」


クルーヤはスペルステスの前へ回り込み、両手を広げてゆく手をふさぐ。

スペルステスは立ちはだかった彼をよけて進もうとしたが、また進路をじゃまされた。それを二、三度繰り返し、スペルステスはふうーと息を吐く。


「どいてくれないか?」


自分より背の高いクルーヤを見上げ、つとめて剣呑な雰囲気を放出する。

クルーヤは一瞬体を硬直させたが、負けじと睨み返してきた。さきほどスペルステスがぶつけた雪玉のせいで、鼻を中心にして顔が赤くなっている。


「なら、完全に傷が治ってからこの村から出ていけばいいだろ。今すぐ戻るんだ。これは医者でもあるおばばと、おばばの見習いをやってる俺からのお願いだ。いやむしろ命令だ」


引く様子はないようだ。スペルステスは面倒なことになったな、と思う。

しばし思案して、スペルステスは踵をかえした。突然元来た道へと戻り始める彼女を、クルーヤは雪に足をとられながら追う。


「あれ、わ、わかってくれたのか……?」


少々不思議そうに聞いてくるが、彼の疑問はもっともだ。

横目で青い髪の少年を見ながら、スペルステスは短く言った。


「長老に会う」


「へえ……え?!」
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