二章
『か、川で洗ってきます! そうすればすぐに済みますから!』
『そうか、じゃあ僕もついていくよ、ちょうど暇だったんだ』
その一言に、ユーグレラの背後に控えていた魔法使い――ユーグレラの教育係でもあり、名はカーラといった――が、少し眉をひそめた。
『ユーグレラ様、そのような時間は……』
雲よりも真っ白な髪を腰よりも下まで伸ばし、何年たっても二十代の青年の美貌を保ったままの彼は、苦言を呈す。
しかしユーグレラは、短い言葉で制した。
『いいんだ。父上もこのくらい、許してくれるだろう……許してくれなければ、不公平だ』
最後のつぶやきは、スペルステスの耳には届かなかった。
目線を落とし、どこか痛むような顔をしたユーグレラを、おそるおそるうかがう。
『ユーグレラ様、大丈夫ですか……?』
すると、彼はやわらかい笑みを浮かべて、頭をなでてくれた。スペルステスは、それだけでとろけそうな気分になる。
『ねえ、スペルステス。怪我はなくてよかったけれど、もう僕を心配させないで?……喧嘩も、わんぱくなことも、控えなきゃだめだよ』
スペルステスは、首をかしげた。どうしてだめなのだろう。ユーグレラは、どうしてそんな注意をするのだろう。
『どうしてですか? だって、だって僕は――』
強くなりたいんです。そして、あなたを守る盾になりたいんです。
それが、あなたへの唯一の恩返しになると思うし、僕の望みだから。そう続けようとしたのに。
『君は、女の子なんだからね?』
手を握られて、慈愛と悲しみに満ちた目を向けられて、スペルステスは何も言えなくなった。
女の子なんだから――その言葉は、なぜだかずっと、スペルステスの心に突き刺さっていた。
*****
昔を思い出していたせいで、足が止まっていた。
スペルステスは頭をふり、またつもった雪の上を歩きだす。相変わらず空気は冷えていて、口から出る息はすべて白かった。
(ここから先の森は……もう、あいつらには関係ない)
もう少し歩を進めれば、完全に村の外の範囲となる。そうなると、またいつ人間に遭遇するかわからない。けれど、これでいいのだ。
腹の傷がつきり、と痛む。けれど、立ち止まっている場合ではない。
(僕は、どこにも安住できない……してはいけないんだ)
これでいいのだ。これが、自分にふさわしいさだめなのだ。
スペルステスは、首から服の下に下げている石を、そうっと握りしめた。
目を覚ました時、真っ先に気になったのが、この石のことだった。
気を失っていたときに紛失してしまったとなれば、冗談ではすまされない。それだけの重い価値があるものだった。
しかし、ネイファがスペルステスの身にまとっていたものをしっかり管理してくれていたおかげで、スペルステスの心配は一瞬にして霧散した。
手当をしてくれたことと、石を守ってくれたこと(実際は、ネイファもクルーヤもこの価値を理解していないだろうから、守ったという表現はおかしいのかもしれないが)には、感謝している。
けれど、それだけだ。
それ以上の境界を越えてあの二人にかかわることは、駄目だと思っている。