二章


しかしスペルステスの横顔からは、彼(彼女?)の本心を読み取ることができない。

頑なに拳を握りしめ、うつむいたままのスペルステスは、ネイファの一言に肩を震わせた。


「スペルステス――そのままで、あんたは本当にいいのかい?」


「……ああ」


一拍遅れて、小さな返事が返ってくる。


「これは、僕が望んだことなんだ。僕が自ら選んだ道だ」


「そうかい。その決意は結構だ。だけど、ひとつ言わせてもらう。あんたの体は、そのうちもたなくなるよ?」


それは、医者であるネイファの最後通告だった。スペルステスは顔を上げ、凍った水面のように硬い表情でそれを聞いている。


「女の体を男の体に変える――本来ならば、命をはぐくみ育てるべくしてつくられた体を、命の種を植える体としてつくりかえる。これは、あんたたち〈アンプロセア〉一族であるからなせる技なのだろけど、でも、完璧じゃない。これは長年いろんな奴の面倒を見てきたあたしからの忠告だよ。今すぐ、その術を解くんだ。でないと、あんたはそのうち……」


静まりかえる部屋の中で、ポーエがぶるぶると全身を震わす音が、滑稽なほどに大きく響いた。


「そうなの、スペルステス……? スペルステスは、女の子だったの?」


たくさん涙を浮かべ、黒い毛でおおわれた丸っこい生き物は、赤髪の少女を見上げる。

スペルステスは、ポーエと目を合わせず、吐き捨てた。


「僕は、死なない――死ぬもんか」



*****


そういえば昔、焼けつくように恋焦がれた彼は、こう言っていた――



『スペルステス、どうしたんだい?』


『あ、ユ、ユーグレラ様!』


〈アンプロセア〉一族の王の嫡子で、際立った容姿と性質を併せ持った完璧な少年が、スペルステスに突然声をかけてきた。

スペルステスの心臓はどくんと跳ね、ついで猛烈な恥ずかしさに襲われる。

今の自分の格好は、身だしなみを整えた彼からすれば、ものすごくみじめだろう。

先ほどまで、また少年たちの集団からいじめられていたのだ。すでに反撃できる年齢にはなっていたが、それでもあちこちに裂傷はあるし、服も顔も泥だらけだ。

けど、総大将の少年には泥団子をたくさん投げつけてやったので、一応気は済んでいた。

うつむいたまま、ユーグレラからそろそろと距離をとると、肩をつかまれる。

驚いて顔をあげると、ユーグレラがしゃがんで視線を合わせてきた。


『また泥だらけになって……大丈夫かい?』


そういって、細い指でスペルステスの頬にこびりついた泥をふき取ってくれる。彼の体温を感じるたびに、心に火が宿った。

そのままずっと触れていてほしいと思う。けれど、彼にはこんな自分では釣り合わないのだ。


『やめてください、ユーグレラ様。お洋服が汚れてしまいます……だから』


『僕が、君より自分の服が大切に思ってる奴だと、思うの?』


少し厳しい声で問われ、スペルステスは胸がつまった。

うれしいと思うと同時に、やはり、いけないと思う。
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