二章
続きを言えないクルーヤを一瞥するが、せめるでもなく、スペルステスは淡々としゃべり続ける。
「世話になった礼はいつかする。ただ、それはもっと後になってからだ。今は僕がここに居続けるのはまずい。僕を追いかけていた人間たちが、いつここにやってきてもおかしくはないからな。追われているのは僕だ。ここに住む〈マムダ〉族の平穏を乱すつもりはないから、そこは安心してほしい。僕はこの村を出ていく」
「ちょっと待てよ! 勝手に話すすめるな! ……村の皆の心配をしてくれているのはよくわかった。けれど、お前はどうなんだ? それでいいのかよ?」
スペルステスは、クルーヤの割って入ったような悲鳴に、目を閉じる。
「今さら……僕に立ち止まれる場所なんてない」
「だから! お前はそれでいいのかよ!」
激高した問いかけに重ねるようにして、スペルステスは叫んだ。
「いいもなにも、僕が選んだ道だ。僕はこれで納得している!」
クルーヤも負けじと声を張り上げる。
「お前はそれでいいのか?! 本当にいいのか?!」
「いいと言ってるだろ! お前には関係ない!」
「――っ!!」
見えない壁を築かれた気がした。そしてそのことに対して、自分がそれなりに傷ついていることを、クルーヤは察した。
そしてそのことがまた、彼を茫然とさせる。
沈黙が降りた部屋から退出しようとしたスペルステスを、ネイファがひきとめた。
「あんたの気持はよくわかったよ。ま、私としては、治りかけとはいえ動くなんて言語道断だけどね――それはわきに置いておくとして、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかい?」
「――ああ、すぐに終わるのなら、別にかまわない」
スペルステスはネイファの真意を測りかねているようだったが、突き返しはしなかった。
再び席についたスペルステスに対し、ネイファはなんの前置きもせずにとんでもないことを言う。
「あんた、本当は男じゃないだろ? 自分の体をごまかしているね?」
スペルステスが、たちまち驚愕で硬直するのが、クルーヤにもわかった。
そして言われた本人以上に、クルーヤはめいいっぱい目を見開いて口をぽかんとあける。
悲鳴をあげなかっただけまだましだ。
すぐさまスペルステスはふりむいて、クルーヤを激しく睨みつける。クルーヤは全力で首を何度も横に振った。
「言っておくけど、クルーヤは私に何も言ってないよ」
「……なら、どうして」
うめくようにつぶやいたスペルステスと比べ、ネイファは落ち着いたものだった。
ただその瞳には、スペルステスを咎めるような気配が宿っている。