二章
「そうだな。俺も、スペルステスを助けられてよかったと思ってるよ、本当に」
「……」
スペルステスは気まずそうに目をそらす。が、再びこちらに振り向いたときには、その瞳にするどい険しさが宿っていた。
「昨日見たことは、口外するなよ? 言ったらどうなるか、わかってるだろうな?」
「……はい。ワカッテイマス」
「なら、いいんだ」
スペルステスはわりとあっさりひき、食事を再開した。さんざん脅したから、ある程度安心しているのかもしれない。
けれど、クルーヤがもし漏らした場合は、本気で切りかかってくるだろう。昨晩、喉に切り傷をつけられたことが脳裡をよぎる。
クルーヤも、ネイファにおかわりをたのみ、食事を再開した。
一口含み、ちら、とスペルステスをうかがって、また視線を皿の上に戻した。湯気がたつスープを、匙でくるくるとかきまわす。
(スペルステスの奴、ずいぶん頑なだな……)
それが、昨日から今朝にかけて、スペルステスと話していて感じたことだった。
この村に来たばかりの自分と同じと言えばそれまでだが、それ以外に何か、ある気がする。
(スペルステスと俺は、当たり前だけどこの村にたどり着くまでの経緯が違う)
その間に、何があったのか。
クルーヤは、他人の過去の傷をほじくりかえすなど本来は絶対にしないのだが、スペルステスのたどってきた道に限っては、例外となりつつあると、自覚し始めていた。
(俺とスペルステスは、どこかが似てる――そう思ってるからか、な)
同じ〈碧き瞳〉と呼ばれていた種族であり、人間に仲間を滅ぼされ、自分を捕縛しようとする手から逃れ続けていた。
そう、クルーヤは、スペルステスに同族意識を抱いているのだ。けれどもちろん、スペルステスにはそんな気配は全くない。
クルーヤはそのことを、すこしもどかしいと感じている自分に気がつき、驚いた。
(俺、スペルステスに近づきたいんだ――やっぱり、同じ〈碧き瞳〉だからなのか?)
しばし呆然としていると、スペルステスが突然、あり得ない宣言をする。
「今日中に、ここを出ていく」
一瞬の沈黙の後、あきれと驚愕の混じった悲鳴が響きわたった。
「何だって?!」
「お、おい、何言ってんだよ!」
「そうだよ、スペルステス! もっとしっかり休まないとだめだよ!」
ネイファとクルーヤとポーエに次々言われるが、スペルステスはどこ吹く風であった。
「僕は急いでいるんだ。それに、いつまでもここにいたら、迷惑がかかる」
「そんなことは……!」
と言おうとしたクルーヤは、口をつぐんだ。
おととい、渋っていた村の長老をはじめとする重鎮たちを説得したばかりだったことに気がつく。
彼らはおそらく、スペルステスが早めにこの村を去ることを望んでいるだろう。